復旧にあたっていた
作業員3人は
限界を超えた危険に
敢えて立ち向かっていたのですよね。
―ありえない話ですが
そこを突破しなければ
未来がないという
厳しい状況です。
【百尺竿頭一歩進めよ】 ―30メートルの高さ
凡人には
理解できない境涯です。
しかし
いじめ自殺する子どもは
確かに
百尺竿頭にいます。
列車に飛び込み自殺する人たちも
同じです。
今日本に年間3万人います。
それに気づいた
ジブリは
現代を不安と神経症の時代ととらえ
―パンフレットに明記してあります。
うつ病や発達障害
アスペルガーの時代ではありません
ポニョを創り
お坊さんの専売特許だった
難しい公案の
現代的模範解答を
子どもたちに示しました。

別名
如人千尺懸崖上樹をもじった
『崖の上のポニョ』
そして
私がこのたび感じたのは
作業員は派遣であったという事実です。
―1人は確実にそうです。
私は今でこそ
PTSDの確信犯ですが
最初にDVシェルターに行ったときは
派遣されて
―震災復興支援も同じです。
右も左もわからず対応しました。
―ハーマンは参考になると聞いてましたが
そして
読めば
臨床心理学が真にわかっておれば
新しい内容はないことがわかりますが
読んでる時間はありません。
野戦病院みたいな場所ですから
よくPTSDにならなかったなと
驚愕しているのです。
―ノイローゼにはなりましたが
私の場合は
相手が傷ついた女性や子どもだったので
そこから教えてもらいながら
護られていたのでしょうが
―そして陰陽五行に出会い
遣唐使になりましたから ←比喩ですよ!
結果的にはよかったのですが
相手が放射能だと
それは期待できません。
ましてや
一部の恐怖に駆られた国民は
「作業員が悪い!」
こういう人は
「宮内庁御用達の温泉
私も一回
見に行かんとね」
←厳重注意しときました
名もなき弱い立場の人間が
最大の危険に向かわされ
試されているというのは
今の日本の縮図であり
【象徴】だと思います。
派遣社員がキレて
解離性無差別殺人を起した事件も
記憶に新しいですね。
「PTSD」カテゴリーアーカイブ
PTSD解離教育者の不祥事が止まらない長崎県の教育長引責辞任へ
長崎県教育長(63)は
相次ぐ教職員による
不祥事の責任を取って
今年度末で
教育長を辞任する考えを
明らかにしました。
管理責任が
ここまで厳しく問われたのは
初めてのことだそうです。
気の毒ですね。
でも
(PTSDを不問にしたままでは)
対策がないのですから
禅問答のような
難解な問題に
日々さらされるのも
ストレスであり
辞任には
PTSD予防の意味が
あるのかもしれませんね。
なかなか気づかれないが気づけばPTSDにしか見えなくなる
何が見えますか?と
書いてあります。
しばらく
眺めてみてください

わかりましたか?
―発見する喜びが高い作品ですので
できるまで
夕食はお預けです。
答は
上半分の
さらに
その真ん中の部分に
★顔が見えます。
イエス・キリストに似てますが
学生さんは
「チェ・ゲバラだ」と言います。
その辺になると
ロールシャッハテストの意味を
帯びてきます。
(投影ですね)
そしてもう1つ大事なのは
★イエスやゲバラに見えだすと
そのように見ないように
しようとすることが
困難であることです。
これはなかなか興味深いです。
…
この図の中の顔をすぐに
発見できる人が少ないように
―すぐわかった方は
なかなか直観が鋭く
こころが自由な人でしょう。
PTSDをかぎつけた人は
まだ少ないのでしょう。
でも一度PTSDに気づくと
もはやそれ以外は
―うつ病とか
発達障害とか
考えられなくなると
思います。
そして
うつ病だと思わされていたときと違い
真理に自分で気づき
発見した
喜びと癒しが
感動として
こころに深く刻まれると思います。
―「そこだよ。顔でしょ」と
いくら言われても
頭の固い人には
なかなかそう見えないようです。
熊本女児殺害の大学生は重篤PTSD解離人格で取り調べ難航
逮捕された
20歳の大学生は
殺害を認める供述を始め
「申し訳ありません」と
話しているといるようですが
―自分という感覚が
妙な病気ですから
今ここにいる
生身の自分が犯罪を犯したというよりは
(僕の中の)Aのヤツが
不始末起こしてすみませんって
感じでしょうか。
警察は
「受け答えが
あまりに淡々としていて
事件の重大性を理解しているのか
疑いたくなる場面もある」と
話しています。
ニュースで流れた映像では
車の中で
隣の警察官とフツーに会話を交わし
詰めかけた報道陣が気になるのか
外をうかがう様子です。
―「ところで
なんか人多いですネ」とでも
言っているような様子です。
いろんな解離犯罪者が
出てきましたが
この人完璧にキレてますね。
―正しくは【解離】している。
この調子のままで
動機を聞いても
仕方がないでしょう。
「わいせつ目的か!」と迫られれば
「わいせつ目的です」と
答えることになるでしょう。
―大阪貝塚では
知的障害の青年が放火事件を起こし
取調べの方法に問題があったとして
不起訴になりました。
下手したら
この人も
専門家センセイから
【発達障害】って
言われるかもしれませんね
PTSDサラリーマン・アパシータイプ

昔
スチューデント・アパシーというのが
流行りました。
―アパシーは無気力です。
極度になれば
ひきこもりますね。
ところが
四六時中
無気力で
ひきこもっているか?と言うと
バイトとか
サークル活動は
熱心なタイプが多かったんですね。
それで
名づけられた名前でした。
今は
サラリーマンにも
主婦にもいますね。
―正業は回避
その他はできる。
公務ができない方も
おられますね。
受験して入学してますし
お見合いして結婚してますし
入社試験後入社しますから
発達障害でもないです。
新型うつ病と
言われた年もありますし
躁うつ病と呼ばれた年もありますが
今年は
こういうことですから

学校にきちんと行ってるPTSDや
家事をきちんとしているPTSD
まじめなサラリーマンのPTSDも
ありますから
その方々は
気にしないでね。
―表面だけでみると
全然違いますが
メカニズムでみると
一緒なんです。
ニュージーランド地震で被害家族は常軌を逸したあせりと困惑に耐えている
生存率が大きく下がるとされる
「発生から72時間」が過ぎ
【死】の可能性に
家族は直面しています。
現地入りした
富山の外国語学校の
学生さんの親御さんたちは
★一様に口を閉ざし
★こわばった表情のまま
★静かに説明を聞きながら
耐えてはいますが

「国際緊急援助隊が
不眠不休で活動にあたっている」
「危険であり
ニュージーランドの
家族も含めて誰も入れない」と
説明されても
―これが情報のすべてであり
限界です。
★「情報が入ってこない」と
声を落とし
★納得できず
再度の説明にも
★いら立ちだけが募るだけです。
これが
極度のストレス状況での
真実でしょう。
常識も客観的事実も
すべて吹き飛んでしまいます。
―これに付き合う
PTSD治療の現場は
実は
知性より
体力勝負なのです。
しかも【非暴力】が鉄則ですからね。
続出する
解離し逮捕される専門家は
この危険性にさらされているのです。
薬害性PTSD難民
【がん難民】が
増えているそうです。
★納得のいく治療法を選べなかったり
★医師の説明が不満だったり
★治療費が高額だったり
―誰のせいかなんて
問題を超えた
現実がみえてきます。
PTSDと同じですネ。
―昔は
①自分で考え抜く過程を
支えるものが普通にあり
―哲学・宗教・文学など
小説は心理事例研究です。
②心理療法が
もう少しましな程度に
機能していました。
精神科依存薬という
麻薬が流行しだしてから
―昔は
普通の人でも
薬への懐疑論や
警戒心がありました。
世の中が
狂い始めたのです。
麻薬中毒のひとに
「あなたのこころの声を
聞きましょう」と言っても
返ってくるのは
「クスリくれー!!」
―とてもとても
「あなたはそのままでいい」
なんて言えませんから
クスリをくれる人が善人で
クスリをくれない人は悪人
やさしい人が善人で
厳しいことをいうのは悪人
そういう二元論から
開放させて
やっと
昔の心理療法が成り立ちます。
そして
がん告知された人も
PTSD予備軍ですからね。
―キューブラー・ロスの古典が
今、見直されています。

クスリがもらえないのは
死の宣告に
響きますから
まずは
否認が起ります。
「私はPTSDではありません」
気づかないと
抜け出しにくい
構造がありますから
まずは知的に意味を
理解することが大事なのです
臨床心理学論文で敢えてPTSDと書く時代
基本は
診断という
発想がそもそもなく
―好みの問題ではなく
診断してはいけないのです

かつても
ヒステリーが多く ←PTSD
弊害の方が大きかったからです。
―なりきり型ってありますよね。
保険点数とか関係ないので
必要もない。
やり方は【傾聴】という
バカチョン
―バカでもチョンでもできそうで
案外できてない。 ←上から目線が増加中
本当のバカになれる人が
あんまりいないから
しかし
誤診の時代を打破するには
論点を明らかにする必要が
出てきたのです。
例外中の例外を強調しながら
抄録作成中です。
―今年も
まだタブーを冒す人は
ないと思います。
ちょっと過激にとられることを
覚悟して書くのです。
学会はまだそんな調子です
―いいような悪いような
複雑な気分です。
最近のPTSD関連ブログの陰陽
いろいろなタイプがありますが
役に立つのは
コツコツがんばってる人の
ブログです。
―最先端の情報満載です。
謙虚な姿勢が特徴です。
一方
がんばらない人のブログには
【防衛機制】が顕著です。
★精神科医は
抗うつ薬処方が自殺対策に
役立っているなんて書くのはやめて ←やっとやめた
中間管理職のストレスについて
書き
―二重に面白い
正直な人ですね。
★未治療のPTSD患者は
精神科医は
問題を回避していると
書いたりします。
―ある種の弱いものイジメですね。
もうたたく値打ちもないのに。
★家族では
自分も機能不全家族に育ち
解離性勘違いがはなはだしいのに
放置しつつ
PTSDと診断された子どもの
(7年も治ってない)治療から ←まかせっきり
PTSD全般を講釈する母親
今更の内容以上に
引っかかるのは
自分の問題を
他者に【投影】して
書いていること
ですね。
しかし
『こんなふうに
治らないんだなぁ』と
これはこれで
勉強になります

