朝霞誘拐監禁少女「暗闇」でPTSD解離洗脳に奔らせた沖縄戦の記憶

2年ぶりに保護された少女(15)は

監禁状態にあった

千葉市のアパートについて

「窓も内側から開けられなかった」

「自分の部屋は

室内灯が使えず

夜は真っ暗だった」と

証言しているそうです。

 

こういう環境は

治療のために

短期間利用することはありますが

 

 

クリックすると新しいウィンドウで開きます

 

 

無意味に行うと

精神状態がおかしくなることがわかっています。

 

 

「感覚遮断」の画像検索結果

 

 

数週間でも耐え難いのに

2年もこんな状態で

 

しかも

両親は君を捨てた等

ウソばかりつかれ

また

自分は無価値な人間だと

書かされ続けたら

 

逃走意欲どころではなくなるでしょう。

 

 

「寺内樺風」の画像検索結果

 

今は

この表情になり

(多重人格なので

コロコロ変わる)

何を見据えているのだろうという話ですが

 

 

中学生の時に

 

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沖縄戦下の人々が受けた艱難辛苦や

米軍基地の支配下にある今について

語る相手がいたら

 

同級生を監禁したいと思ったり

セスナの免許を取ろうと思ったり

しなかったかもしれないですね。

 

他にもっとすべきことや

楽しいことはありますから。

 

 

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大人なら

嘘ついても

レッテル貼って囲い込んでも

薬漬けにして

(容疑者はこれはしていない)

人の人生を台無しにしても

お咎め無しなんですが

 

人体実験はいけません。

 

6 thoughts on “朝霞誘拐監禁少女「暗闇」でPTSD解離洗脳に奔らせた沖縄戦の記憶

  1. franoma

    「人道上の罪」を権力側が堂々と行なう異常な世界(=国際社会)で、反戦平和主義だった筈の実父が狂っていき、「私が神だ」と言うようになり、欧州本国の仮住まいで息子を二階から投げ落とそうとしたので、泣き喚いて抵抗した息子の声を聞いて、近所のドイツ人女性が市民としての通報義務を果たし、欧州本国で事情聴取が入りました。しかし、あちらのカウンセラーも、加害者型PTSD本人に向かって「あなたは、サイコパス」と言ったらしいので、世界レベルで心理職も精神科医もレベルが低すぎるのかも知れません。まだ、息子が小学生だった頃の話です。

    尾木ママ先生も、神田橋先生と同じように現実逃避をなさるようです。教育評論家としてならば、耳当たりの良いことを言って済ませても構いませんが、大学教授としては困りますね。大学教授ならば、
    『わが子は親の愛を感じているでしょうか!?』
    http://ameblo.jp/oginaoki/entry-12146603157.html
    という記事にあるように「親の愛」という表現で誤魔化してはならないと思いますね。これでは「愛の鞭」なる自己正当化で、いくらでも虐待が可能になりますから。

    ついでに、
    「親の愛
    わが子が感じているか?
    お互いに
    振り返ってみたい」
    などと誤魔化しては、
    「あなたには心の闇はないのか?」
    などと言い募って、心理職や精神科医がやってきた人権蹂躙や職業倫理を外したデタラメを糾すことをタブーにするのと同じ現実逃避の手法にしかなりません。そういう文学的な表現は “emotional” なだけであり、MTVでトム・ヨークが言っていた “logical emotions” は欠けていて、要するに、依怙贔屓により、被害は無かったことにして加害者支援をするだけの結果を招きます。「死人に口なし」路線ですね。

    「誰しも『良かれ』と思って間違えるでしょ?
    間違っていないか?
    お互いに
    振り返ってみたいですね」
    という一般的な呼びかけをすることそれ自体は、結構ですが、明らかに間違っている「専門家」を批判したときに、批判者の口封じをするため集団ストーカー行為を展開するのは犯罪です。「事件として立件されないように、権力側の人間を複数、味方につけているから大丈夫」という態度をとる加害者型PTSD( http://bit.ly/1RAvSY8 )を支援してきた「専門家」による人権蹂躙や職業倫理を外したデタラメ( http://bit.ly/22LQyj5 )を糾すことは、大学教授という地位に付随する社会的な責任と義務の一つと言えるでしょう。「人道上の罪」など気にしない櫻井敬子教授( http://bit.ly/1M9ezwN )を野放しにしては、あらゆる学問を「人類の福祉」のためにのみ進めるように大学を組織し、運営することは不可能ですから。

    やはり、翠雨先生がお書き( http://bit.ly/1V3uNtQ )のように
    「教育者もPTSDを知らないと限界があるということ」ですね。

    idthatidさまの雇用主(心理学関係の機関でしょうか? 教育産業でしょうか?)や、
    (私は存じませんが、もし本当にスクールカウンセラーならば)任免権を持つ教育委員会は、PTSDがわかっていないということになりますね。お子さまがたが被害を受けてしまいますので、困ったことです。

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    1. wpmaster 投稿作成者

      ご自分が限界を感じて現実逃避する際に、誰にでもある「心の闇」なのだと思わせて釘を刺して議論を中断させるところは無意識なのでしょうが、巧みですね。

      idthatidの雇用主が何者なのか、今どのような状態であるのか不明なのですが、idthatidに騙されているにしても本当のことを知っているにしても、このようなかたちで放置されているのは大問題だと思います。
      困った専門家を多数見てきましたが、こんなにデタラメな人は見たことがありません。
      逆の立場ならば、私は教育委員会に通報されていて、少なくとも今年度は自宅待機でしょうね。

      返信
      1. franoma

        「限界を感じたときは、必ず勘違い=自己撞着がある」
        と言われて私は育ちました。このことは、いかなる現象学を進める場合にも常に真でしょう。現実逃避をしては、全身全霊を捧げて臨床研究を進めることは不可能です。
        idthatidさまも全身全霊を捧げて「はにわ」さんを治癒 への道に踏み出すように導こうという一貫した意思はありません( http://bit.ly/1XboeDx )。

        神田橋先生の仮説「難治例に潜む発達障害論」は、初めから検証不可能な仮説ゆえに科学的ではありません。神田橋先生のアプローチでは「治らない」ことを誤魔化すために、非科学的と知りながら、でっち上げてしまった仮説なのでしょう。結果として、「記憶のリセット」を強要して、早死にしなければ晩発性PTSD( http://bit.ly/PTSDinLaterLife )を発症するリスクを患者さんに抱えさせる「人道上の罪」になる心理操作を行いますが、「死人に口なし」路線=日本人「オーバーキル」路線はロンドンからの期待を忖度していますので、先生ご自身&弟子の皆さまは国際社会において安泰です。めでたし、めでたし…ですね、アングロサクソンたちにとっては。

        しかし、それでは 放射能恐怖トラウマPTSDを否認することになりますので、人類滅亡に加担してしまい、人類にとっては極めて迷惑な話です。要するに、アングロサクソンのプラグマティズムを「人類の福祉」よりも上に置いているから、そういうことがまかり通ります。そのような状況の維持に手を貸すことは医師としては自己撞着があるはずですが、それを感じないのがPTSDによる認知機能の歪みなのでしょう。

        分断して対立を煽って漁夫の利を得るのは、昔からアングロサクソンのお家芸ですよね。独仏の対立を煽って漁夫の利を得てきましたが、独仏も、してやられていることは気づきながらも術中に嵌って、はや何百年でしょうか。近年になって、やっとEUの統一歴史教科書が出版されました。今なお、分断して対立を煽って漁夫の利を得ているアングロサクソンがインドでも日本でも跋扈している時代が続いておりますが、その今、戦争博物館があるストラスブールに http://ameblo.jp/kmomoji1010/ 先生がおいでになるのは、布置を感じます。そして、シモンドン(← 志問どん)の存在が日本人にとって救いになることも幸いな巡り合わせですね。シモンドンの話が続きます( http://blog.goo.ne.jp/kmomoji1010/e/8b5c29c69e107495b84bc3625ffc2ae1 )。古典論ではダメだということですね。

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        1. wpmaster 投稿作成者

          そう教えられると、限界を感じてトンズラするのはもったいないことだと考えるようになれますね。
          idthatidは全身全霊をかけて「はにわ」の堕落を手伝っていますから、理想と真逆の方向を向いているようです。
          場当たり的に動くので、一貫した意思というのがまた難しいところです。
          あの二人のような醜い関係を私は見たことがありません。
          双方が漁夫の利を気取っているようにも見えます。
          アングロサクソン仕込の悪いことは何でも真似するヒステリーです。

          神田橋先生はよく「難事例」から学ぶことをテーマにされていたように記憶しているのですが、境界例(PTSDという言葉は使わなくても心理療法の対象として見ておられました)ではなく、「発達障害」にしてしまったのはとても残念です。限界を感じてしまわれたのでしょうが、話が飛躍しすぎています。

          日本には、志問どんが不足しているようですね。

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  2. franoma

    記憶に関連して、こちらにコメントします。

    http://ameblo.jp/makirinko-orange/entry-12169914546.html
    という記事を読んで、コメントを投稿したら蒸発しましたが…
    こんなレベルのことならば、古典になっている本に書いてあることですね。例えば、
    ロジャーズ&スティヴンス(著)柘植明子(訳)『人は人によりてのみ…』(人になり得べし)
    ほかの古典に書かれた基礎を外して「記憶のリセット」( http://bit.ly/25uuYAZ )を推進するような精神科医が新著を出してアピールするような基礎的な内容ではないでしょう。

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    1. wpmaster 投稿作成者

      こんなことを書いておられたのですね。

      このように部分的に寄せ集めた話よりも、語らないところが大事なのだというS先生の視座が、実用的です。

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