「啄木忌」なかったことにしそこなったPTSD解離人生

父親は

曹洞宗の僧侶だが

 

「石川啄木」の画像検索結果

中学時代には

カンニングがばれたり

出席日数不足や成績の悪さから

退学勧告を受け中学を退学

 

そのころから

文学に傾倒したのは

自己癒やしの手段であろうが

 

方方に借金をするような困窮した生活から

「たかり魔」と呼ばれるようになり

 

頻繁に

友人知人からお金をせびりながら

「一度でも我に頭を下げさせし

人みな死ねと

いのりてしこと」と

傲慢不遜な句を残すばかりか

 

世話になり影響を受けた

恩人である先輩作家にまで

「余程食へぬやうな奴だがだましやすい」

「時代おくれの幻滅作家」と記すなどして

侮辱したりするようになった。

 

なぜそんな風になってしまったのか。

 

やはりそれなりの理由があるのだろう。

 

1つには

1歳の時に

父親の転任に伴い移住したこと

小学生の時

母方の叔父の元に預けられたことが

影を落としているかもしれない。

このタイプには

パラケルススや芥川龍之介がいる。

 

はっきりしているのは

母カツの溺愛で

フロイトなどはこのタイプであった。

「フロイトコカイ...」の画像検索結果

 

 

就職がうまくいかなかったことや

病気は

その結果であろう。

 

このような生きざまを

後世に残されてはと思い

26歳で亡くなる前に

日記を燃やすよう

妻に命じたが

「愛着から燃やす事ができませんでした」とのことで

金田一京助に託されたので

こうして

PTSD研究の材料となった。

 

「啄木忌」なかったことにしそこなったPTSD解離人生」への2件のフィードバック

  1. franoma=あ*

    http://ameblo.jp/raingreen/entry-12265376523.html#cbox
    でのコメントやり取り、ありがとうございました。アメブロさんにも感謝します。
     「なかったことに仕損なった」からこそのPTSD人生は、
    我が家のオヤジも今日まで実践してきました。
    そのことは、極めて教育的です。子どもたちは見ていますから。

    隠蔽こそがPTSDの温床になるのです。そして負の連鎖を引き起こします。

    さて、啄木の父上ですが、
    曹洞宗のお寺を住職として任されながら
    お寺の経営をして上手くお金を上納するには宗教家として純粋すぎたのかも知れませんね。
    何しろ、当時の曹洞宗は、明治政府万歳=富国強兵の帝国主義だったので、
    第二次大戦後には「懺謝文」を出すことになったわけです。
    参考:
    http://d.hatena.ne.jp/sou-cauncell176/touch/20150613
    このブロガー氏は、アメブロで書いていらしたのに、
    ブログを削除されてしまい、hatenaに避難なさいました。
    何がいけないというのでしょうか?
    今になって思えば、「アベ政治」に真っ向から抵抗する結果になるため、消されたのか?
    と推察することができます。
    曹洞宗の皆さまも、踏ん張りどきですね。

    http://ameblo.jp/daihatu-com/entry-11986179548.html
    これ( http://bit.ly/BunbukuChagama )も曹洞宗です。
    https://blogs.yahoo.co.jp/htanakaakanath/9980461.html
    賛美歌 “We Shall Gather At the River”
    https://youtu.be/Gq7Pz2_UdvQ
    が広島で歌われている一方、茂林寺に遠足に行く小学生は
    「たんたん狸の…」という替え歌を歌っていたのでした。
    https://youtu.be/HijNO4JX7Do

    お寺では、こちら↓
    http://ameblo.jp/daihatu-com/entry-12212812888.html
    は、真言宗でした。真言宗の皆さまも、踏ん張りどきですね。

    どこの宗教であろうと、信徒から配慮なく寄付を受け取って、信徒たちの平生底を崩壊させてしまっては、本末転倒です。

    返信
    1. wpmaster 投稿作成者

      負の連鎖ではなく「分福」茶釜を目指さねば!ですね。

      ミクちゃんは何でも歌いますね。
      子どもたちが歌うこの歌は、道元が天童山の如浄和尚に示されて、涙したと言われる「風鈴頌」と重なるように思いました。

       渾身口に似て虚空に掛り
       東西南北の風を問はず
       一等他の為に般若を談ず
       滴丁東了滴丁東

      「如人千尺懸崖上樹」の答えであり、最後の一節は、風鈴の音です。

      返信

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