こころのケアに欠けている【身体に聴く】姿勢

27日
埼玉の山中で遭難していた
30歳の男性が発見され

2週間
7個のあめ玉と沢の水だけで
生き延びたと
報じられました。

人間の身体的な限界は
意図的に実験できません
(過去にはありますが)ので

こういう事例を
大切にし
そこから
学びたいと思っています。

今回まず感じたのは…

一般に食べないということに
過剰反応しすぎです。  ←歴史的身体の飢餓の記憶

(ネグレクトの親に
拡大解釈されると厄介ですが)
PTSDからくる
拒食にこの常識を持ち込むと
予後が悪くなります。

なぜ食べないのか
その意味を大事にしなければ
身体の方がおへそを曲げてしまい
治るものも治りません。

昔から
にっちもさっちもいかない
問題にぶつかったひとは
断食してるのです。

これが【否認】されてますよ。
 ―その歴史的科学に向き合うのが
 怖いからでしょう。

もう1つおもしろいなぁと
思ったのは

水と糖分は
心身をよみがえらせてくれますが

ちょっとしたストレスを感じた人が
甘いものに依存し   
(少しの摂取はいいと思います)    
混乱した人は
水中毒になるという現象です。
 ―1年くらい前まで
  妙な水飲みブームありましたね。
  あれどこ行きましたか?
  集団ヒステリーみたいでしたが…

ストレスを感じると
普遍的無意識
(歴史的身体)にある
智恵(記憶)のセンサーが
作動しはじめるのだけれども  ←自己治癒力
それが書かれた全集が
いきなり「読め!」と   ←コーラン(読むもの)
意識に浮かんでしまうのかなと思います。

無意識の意図を
オーダー・メイドに
翻訳するのが
本来のこころのケアです。
(シャーマンが原形)

PTSDは
心身霊の問題です。

臨床心理士の学習内容では
たちうちできないのです。

箱庭療法してても  
同時に認知行動療法してて

クライエントの魂が
混乱しています。

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