歌手の中森明菜さんが
30日
個人事務所を設立し
デビュー40周年となる
今年中に再始動することを発表されたそうです。
日々体調と向き合ってきていて
万全な体調とは言えないけれども
雅子さまの「波」みたいな感じでしょうか。
ほんの少し体調が良くなってきたので
できることを無理せずに…というのは
大事な視点ですよね。
ホントに重要(そして容易じゃない)なのは
クスリの処方じゃなくて
こういう微細な意識のさじ加減を
維持しつづけること
ゆっくりゆっくり活動されるとのことです。
見守ってほしいと(敢えて短いツイートのなかで)願われることは
春の木気を護る重要な普遍的原理を連想させます。
PTSD(ドラゴン
はPTSDはどれもCPTSDだと捉えています)の回復は薬を服用したから治るとか、〇〇療法を受ければ治るというものではないんですよね。
だけが変な症状があって誰にも相談できず、相談しても「ドラゴン
の根性がない」とか「ドラゴン
の性根が悪い」(コレは20代の時に、出会ったオカマバーのママに「ドラゴン
はあまりにもピュア過ぎるのよ。性根はとっても良い人よ〜」って言われて少し「良い人」のフリする事が治ったのですけどね)とか言われ、自分ではどうする事も出来なかったのです。
何度もエピソードを繰り返していく中で、そこから少しずつ哲学出来る様になる事で回復に向かって行ける。
以前は、ドラゴン
でも、今、少しずつこうやって正直に自分の内面を言葉にしてそれを人との対話に入れて話す事で、いつの間にか自分の中で未だ言語化されていない哲学が行われている感じです。それが多分、”回復の症状“として社会復帰に繋がる活動を開始させる意欲に繋がっているのだと解釈しています。
哲学出来る時って、きっと、生きるエネルギーの質が死ぬエネルギーの質よりも良い時に生じるのでしょうね。
傍から失礼します。
9月になったらコロナ毒チン3回目の接種を受ける

春日部市長は、まさに[臨床哲学]の欠如で…
生き急いでいるのか
死に急いでいるのか
PPM(ファイザー、ファイザー、モデルナ)で
3回目はモデルナ接種だそうで…
PPPよりもPPMのほうが[抗体価]が高くなるので良いのだと[商工会議所]のビデオレターで言わされていました。[作為体験サセラレ]ですよ。
他社製品とチャンポンすると、どうなるか?研究していないので、どうなっても知らないヨということで、自らPL(Product Liability)法に守られないように[自滅]する模様です。
止めようがありません。
[抗体価]に拘泥すると[薬害リスク]が上がることは間違いないのに、PPMが良いのだと誰かから “pseudo-sophistication” を吹き込まれてしまったのですね。
añjali =ナマステ=合掌。
私も同じ意見です。
最近の当事者は簡単な事象について、わざと複雑にしているように感じます。
そうしたい理由があるのでしょう。
その方々の自由ではありますが、一般論にしてはダメですよね。
幸い巻き込まれる(洗脳される)人が激減していて、それは人類の進化かな。
どのような状態にあるとしても、元気(神が与えた生きようとするエネルギー)の方が、微細であっても勝る人は幸いです。
神のご加護があるでしょう。
何もしないでも(絶望しているからこそ)御国(自己実現)が向こうからやってきます。
「患者さん」と呼ばれる事で当事者さんたちの中には真っ当な人間で居る事の責任から逃れられるというベネフィットを重要視している人が多いのだと感じました。(日本人のオンライン自助会で感じた事)
トラウマを植え付けた加害者-被害者関係が全く無い場所に身を置き、薬で沈静化を強要されない場所で人らしい自然の流れに身を任せる事を経験する事で自分のホメオスタシスを自覚する事が出来るようになるのだと思います。
こころの循環と身体の循環を先ずは正常に戻してあげないとダメですよね。
そんな感じみたいですね。
どこも同じ最近の流行@PTSDは伝染るんです です。
そして、お書きのようなことも骨身にしみてわかっているからこそ、そんな態度で問題に向き合うことを全力で回避するのでしょう。