【5月8日】
56年前(1970年)の今日、ビートルズのアルバム「Let It Be (レット・イット・ビー)」がリリースされました。
いわゆる「ゲット・バック・セッション」から生まれ、結果的にグループ解散からひと月後、同名のドキュメンタリー映画と同時にリリースとなった、バンド最後のスタジオアルバム。 pic.twitter.com/AS9r4uF5bC— ロックな日々 (@rockpop_dayz) May 7, 2026
ポール・マッカートニーが
作詞作曲
困難な時に
ビートルズ解散直前の不安定な時期
癒された夢を歌ったものだそうですが
普遍性があるので大ヒットしました。
つまり哲学的だということ
夢のなかに
わらしべ長者も
いきづまりお寺に忍び込んで眠りこけました。
亡くなったお母さんが出てきて
「Let it be(あるがままに)」と語りかけられたということですが
このシンプルな語の解釈が☯ムズカシイですが
イメージそのものとして感得できます。
— 説明はできない = 不立文字 わかるのに☯わからない。
「Mother Mary」が現れて
「知恵の言葉をささやく」といえば
聖母マリアを連想しますよね。
双方はとても関連の深い存在で
ユング心理学では
自分の母親と縁が薄い人は
グレートマザー(太母)と結びつくしかないと言いますし
『崖の上のポニョ』の母親は
グラン・マンマーレです。


智恵の言葉「Let It Be」も
日本人ならば
「どうにもならないことを無理に変えようとせず
あるがまま受け入れよう。
そうすれば、いつか答えや光が見えてくる」と
無我の意味として
自我の思い通りにはならないもの
無駄なこと考えるな💢かな🤔
仏教的に聴こえます。
確かに
諦めた時に
なすすべがなくどうしようもないから
— 行動が変化している。
なにもしないとき
— こころも変化している。
実は明らめている。= 諦念
上手くゆくということはわりとありますよね。
覚った人は
通過儀礼(イニシエーション・洗礼)だったと感じる。
歌詞の中盤では
さらに
観音さまのように
お寺にあるようなピカピカした姿では
子どもが怖がるから
お母さんの姿になって現れるそうです。
『大丈夫だよ』
『心配しなくていいよ』とうたいあげます。
「心が傷ついた人たちも、いつか答えにたどり着くだろう」
「夜が雲に覆われていても、自分に差す光がまだある」
— 「今が暗くても☯必ず希望は残っている」 日にち薬
ジョン・レノンが離婚したときにも
息子さんのことを思って
「Hey Jude」を書きましたが
両親の離婚に傷ついていたジュリアンを励まし「落ち込まないで」
「君ならこの悲しみを乗り越えられる」というメッセージ
世界中の人々のこころに寄り添い続けています。
「状況そのものを魔法のように変える」のではなく
ハッピー💊ドラッグのように
叱咤激励するのでもなく
認知行動療法のように
「傷ついた心に寄り添って
少しだけ前を向かせようとする」
— 具体的には非指示
やさしいまなざしで見つめられるのは
お母さんとの関係が
前記事チャイコフスキーらと対照的
まるで信仰のようだったから
母メアリーへの想いを込めた「Yesterday」
普遍性があるのでしょう。
1968年リリースの
「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」(Ob-La-Di, Ob-La-Da)が
ナイジェリア人のコンガ奏者の口癖
— 完成バージョンのメンバーには含まれていない。
どのような状態でも
こんな風に
淡々と
歌っていればいいというような歌
『幸せなら手を叩こう』のようだと思えば
1964年
この曲も
作詞家が
生命倫理学者
耳にした原曲を
帰国の途に着いた際に
詞をつけたものが元になっているそうです。
しかも
仲間内の愛唱歌として歌われていたのを
偶然、坂本九が耳にし
いずみたくの元にうろ覚えのまま持ち込み
それを元にいずみが採譜してレコード化
全国的にヒットしたものだそうです。
うたのつくられかたにも
目に見えない現象学がありそうです。
フッサールのように
頭で考えて動かすのではない。
— 文学では三文小説と呼ぶ。



歌の言葉と音が共鳴していくうちに、異文化圏で新たな解釈が生まれ….と永遠に派生を繰り返して🔁行くのだと想像しています。
「無我」という言葉って、とっても便利ですね♪
フロイトとラカンの自我比較をしながら、無我を考えてました。
この時間は凄い睡魔に襲われながら、無我の境地。なる様になれ❗️
きれいに言語化していただいてありがとうございます_(_^_)_
豊かな想像界は無我の境地から🪄AIどのを超えている時間帯😉