キェルケゴール『死に至る病』とPTSD

1 絶望が死に至る病であるということ。
A絶望は精神におけるすなわち自己における病であり、
そこでそこに三様の場合が考えられうる。
―絶望して、自己をもっていることを意識していない場合
(非本来的な絶望)。絶望して、自己自身であろうと欲しない場合。
絶望して、自己自身であろうと欲する場合。

1848年に書かれたものなので
表現が古めかしいですが、
要するに
絶望 → 病 →死
ということですね。
希死念慮があって自殺する人もいますが、
依存症になったり
自暴自棄をおこしたりして
結果的自死もあります。
絶望して陥りやすい3つのパターンとして
①絶望が大きすぎて自我が振り切れてしまい
 無意識に翻弄されている状態
 結果的自死にふらふらと足を踏み入れる可能性大ですね。
②絶望している自分から逃げようとする場合
 これは【否認】ですね。
 PTSDには【否認】すると
 よけいに追いかけてくる犬みたいな性質があります。
③絶望して開き直る場合
 こころは本来無我
(決まりきった性質はなく、
 その場その場で変化していく可塑性に富んだもの)
 ですが、
 「私=病」「このままでよい」と
 日々無意識にインプットし続けると
 強力なイメージとして定着してしまいます。
 自分で自分に負のマインドコントロールをかけている状態で
 しかも自分の意思で行っている
 という優越感が脳内麻薬になります。
 自分カルトの教祖になった状態です。 
意識しないのは論外だし
逃げても逃げなくてもだめなんですね。
つまり二元論では解決しないということが
ここで明らかになりました。
二元論からの脱出
これが先決です。
この課題に取り組んでいるうちは
否定も肯定もしていないので
PTSDに呑みこまれることはありません。
つらさは残りますが、
そこで時間をかせぎ
少しでもエネルギーを増やしながら
あきらめず
状況をよく観察することが大切だと思います。

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