ジブリ『借りぐらしのアリエッティ』」カテゴリーアーカイブ

『借りぐらしのアリエッティ』発達障害誤診の【象徴】

日本のユング派は
★【象徴】が消えた
★発達障害が増えたと
主張します。
$PTSD研究家翠雨の日記
 ― アリエッティたち【象徴】は
 絶滅寸前だと
 主張する翔と同じです。
【象徴】は自己治癒力であり
PTSDのものですから
 ―ユングの個性化の過程が
  証明しています。
先天的な病である
発達障害には
【象徴】がみられないという
理屈が成り立つのでしょう。
しかし
象徴は生きています。
 ―発達障害と思われているのは
  PTSDです。
$PTSD研究家翠雨の日記
大阪の二児遺棄死で
社会の認識が
大きく変化しました。

みなのこころが動かされたのです。
自浄ともいえる
【自己治癒力】が作動し
大きな波が生まれました。
$PTSD研究家翠雨の日記
アリエッティ
(象徴)は
生きています。

『借りぐらしのアリエッティ』脱兎の如く去る発達障害研究家

上から目線で
表面しかみない
発達障害研究家と   ←左
五感で感じて
PTSDとして捉え
PTSDとして
癒していく
立場         ←右
PTSD研究家翠雨の日記
今年
左に象徴される人たちは
驚愕し
(その否認から)
怒り
PTSD研究家翠雨の日記
脱兎の如く
退散しますひらめき電球
 ―新聞の広告からは
 すでに消えています。
PTSD研究家翠雨の日記
発達障害の研究家たち
どうしちゃったのかしら?
そういう一年になるでしょう。
忘却したら
また繰り返しますから
しっかり
反省させないと
いけません。
$PTSD研究家翠雨の日記
相手をこんな風に見ていたのは
投影的同一視だったことに
気づけば
合格です。
自分が
臨床家として
【発達障害】だったのですひらめき電球
 ―厳密に言えば
 ユング研究所まで留学し
 ユング関係の本を書きながら
 【象徴】をとらえられてない
 惨めさの否認ですから
 PTSDですけど…あせる
正統だけが
生き残るように
世の中はできています。
見かけ上の
かたちだけ整えても
だめなんです。

『借りぐらしのアリエッティ』発達障害誤診と【象徴】否認

乱暴な観察によって   ←目だけ目
PTSD研究家翠雨の日記
無意味と片付けられた
クライエントの属性も
PTSD研究家翠雨の日記
ゆったりと
五感で感じようとする   ←五行
感性には
PTSD研究家翠雨の日記
確かに生きている
証として
実感されます。
PTSD研究家翠雨の日記
   …
【発達障害】研究家は
ユング派なのに
【象徴】を否定するのが
特徴です。
象徴が使えないから
発達障害だという理屈で
ユング心理学まで
否定するのです。

『借りぐらしのアリエッティ』うつ病誤診の嵌め殺し

ショックで混乱しているうちに
医療の網に
ひっかかり
 ―引っかかったひとが
 悪いのではありません。
 わなを仕掛けるのが
 悪いのです。
閉じ込められます。
PTSD研究家翠雨の日記
PTSD研究家翠雨の日記
こんな
混乱し絶望した状況は
薬や励ましや
認知行動療法や
説得療法では
お手上げです。
ショックを受けて
こうなったのだという認識が
絶対不可欠です。

『借りぐらしのアリエッティ』PTSDの二次被害

堅実に生きていた場所に
ある日突然
別世界がねじ込まれるのは
【ストレスフル】な状況です。
間違った箱庭療法の
暴挙として
私は主張していますし
 ―箱庭療法自体は素晴らしい
  治療法です。
震災や水害などの
天災時
DVによる人災時の
具体的な支援の場に     
 ―限りなく天災に近いですが。
  こころが無意識に乗っ取られて
  いますから…叫び
起こりがちな
間違いと
考えてもいいでしょう。
ショックが【一時被害】
このようなものを
【二次被害】と言います。
一時被害は
なんとかなることが
多いのです。
しかし
二次被害が起こると
致命的なものに      ←PTSD予備軍
なります。
絶望が深まるからです。
PTSD研究家翠雨の日記
PTSD研究家翠雨の日記
怯えるクライエントさんを
こんな風に
観察するのは
心理学ではありません。
 ―心理学は
  科学であって
  科学でないのです。
  主観客観の双方から
  もっとダイナミックな
  視点から
  考察するものだからです。
$PTSD研究家翠雨の日記
陰陽つなぐのは
ラポール
(橋を架ける)です。

『借り暮らしのアリエッティ』野性の思考スピラー

$PTSD研究家翠雨の日記
12歳の小人の少年で
弓を持ち歩き
ひとりで野性的に暮らしています。
 ―ちょっと
  アフリカのブッシュマンみたいな
  ところがあります。
  非暴力の哲学者です。
野性というと
野蛮と思う人が
よくいますが
しなやかで
エレガントな孤高の存在です。
集団で生きる我々の方が
よほど野蛮です。
 ―宮沢賢治の作品なんかに
  そういうことは
  書かれていると思います。
$PTSD研究家翠雨の日記
もちろん
われわれが
原始時代に戻ることは
できないわけですが
どこにも所属しない
スピラーのような
属性をもった存在が
ラポールの要でしょう。
 ―ただの
 アウトローじゃないですよ。
 念のためニコニコ

『借りぐらしのアリエッティ』宗教戦争

エジプト北部アレクサンドリアで
1日未明
キリスト教の一派
コプト教の教会を狙った
自動車爆弾テロがあり
新年のミサに訪れていた信徒ら
少なくとも21人が死亡
40人以上が負傷しました。
犯行声明はありませんが
宗教対立による
一連の事件が頻発している地域です。
   …
日本人も
無宗教の上に胡坐をかいている
時代ではありません。

 ―無宗教という
 立派な宗教ですがニコニコ
知らないうちに
他人のテリトリーに
自分の宗教
(集合的無意識)を
押し付けていたりします。
$PTSD研究家翠雨の日記
テロリストの
強い攻撃性の背後には
強い恐怖感が
あるのでしょう。
$PTSD研究家翠雨の日記
$PTSD研究家翠雨の日記
宗教を超えて
人類愛で手をつなぐには
まず相手の宗教を
大まかでもいいので
学ぶことが大事でしょう。
【寛容精神】だけでは
限界があります。
 ―寛容にするつもりがあっても
 寛容になりようが
 ありません。
 
アフリカの本屋さんには
子どもの絵本で
比較宗教を教えたものが
普通にあったように思います。

『借りぐらしのアリエッティ』台所は感官

ドールハウスのキッチンですが
$PTSD研究家翠雨の日記
これだけが
キッチンではなく
世界には
いろんなキッチンがあり
そこで
文化に応じた
食が伝承されてきました。 
 ―感官は
  食などを通じて
  思想哲学・常識などを
  心身に伝承していく
  ロープみたいな
  場所です。 
$PTSD研究家翠雨の日記
ポニョの父親も
食のしつけに必死です。
PTSD研究家翠雨の日記
 ―自己実現は
 食の拒否から始まります。
 ポニョは
 「ハムが食べたい」と言い
 父親は青ざめます。    
  ―ガンジーの父も
   同じような経験をしました。
 子どもが痩せていくと
 お母さんは心配しますね。
 心配しないで
 怒る母親や臨床心理士も
 いますが…叫び
PTSD研究家翠雨の日記
日本の古墳では
箸墓なんてのがあります。
(今日の朝日新聞)
 ―箱庭でも
  箸と橋をかけて
  表現する子がいます。
  (意識的には知りません)
そういう無意識的
文化的現実を不問にして
画一的に
西洋のキッチンをねじ込むのは
箱庭療法における
ものすごい暴挙の【象徴】
だと思います。

『借りぐらしのアリエッティ』箱庭療法の暴挙

確かに素敵ですが
PTSD研究家翠雨の日記
断りもなしに
いきなり
違う文化を
ねじ込んでは   ←十字軍の遠征ひらめき電球トラウマ
いけません。
 ―よかれと思って
 親切心から
 学問的盲目から
 よくあります。
PTSD研究家翠雨の日記
驚愕で
心臓が悪くなります。
 ―翔君は心臓が悪いのです。
 両親の不和や離婚
 母親不在の孤独という
 ストレスが
 日々かかれば
 PTSDとしての
 心身症にもなります。
 生きる希望を失っています。
PTSD研究家翠雨の日記
活き活きとした
心の交流における信頼感
(ラポールの形成)なしに  
いくら箱庭療法をしても
PTSD研究家翠雨の日記
相手を怖がらせ
場合によっては
PTSDにするだけで
誰のためにもなりません。

『借りぐらしのアリエッティ』集合的無意識とドールハウス

ドールハウスの構造を
説明しているところですが
$PTSD研究家翠雨の日記
ユングという人は
夢を見て
集合的無意識のこの構造を
つかんだのですよダウン
$PTSD研究家翠雨の日記
ユングの生きた時代より
少し古い時代の書斎にいて  ←アーカイブス
『なんかいいなぁ~』って
思いながら
階段を降りて行くと
時代がだんだんさかのぼるのです。
最後は
人間の骸骨がありました。 ←人間の祖先の無意識
$PTSD研究家翠雨の日記
明かりをつけて
内から
 ―主観的世界
  どう生きて
  どう感じているのか
観察しますが
$PTSD研究家翠雨の日記
キリスト教などの
西洋哲学ではなく
仏教や陰陽五行的な
東洋思想という
意識の光
(法則)に
照らして観る必要があります。