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『 風の歌を聴け 』ケネディ大統領暗殺事件(1963)とPTSDの負の連鎖

『 風の歌を聴け 』の物語は

1970年から始まるけれども

バラバラな断章を手繰り寄せると

フラッシュバックみたいなもの

「1963年」が浮かび上がることは

既に指摘されている通りです。

PTSDの心理療法も

まるで『遠野物語』のような

現実非現実入り混じり

時系列バラバラのフラッシュバックのようなところから

始まるものです。

 

①主人公が

ものごとを把握する「ものさし」を持ち始めた頃

「僕がものさしを片手に恐る恐るまわりを眺め始めたのは

確かケネディー大統領の死んだ年で

それからもう15 年になる」

②ねずみがまともだった時代の終わり

「1955年から1963年ごろまで

我々は夏になると ここに来たもんだよ。

親と姉と俺と、それから雑用をやっ てくれる女の子とね。

考えてみれば、あれは俺の人生では いちばんまともな時代だったな」

(『羊をめぐる冒険』)

③写真の女性が一番美しかった時

小指のない女の子の家族がバラバラになった時

 

 

1963年は

ケネディ大統領暗殺の年だからとも

明かされていて

 

ヒッピーの女の子とか

「ヒッピー」の画像検索結果

 

ケネディ大統領暗殺で長期化した

ベトナム戦争が生んだヒッピー文化を思わせる。

フランス語を習っている2人の女の子が出てきて

仏文科の女の子の方は

『生物哲学の根本問題』を読む主人公に

レーゾン・デートルについて問いかけたりしています。

フランスでの五月革命やサルトルを連想させる。

 

そして

主人公とねずみの物語は

10年後の『1973年のピンボール』へと続き

2人が空虚な 日々を送り

現実感を失っていく様子が描かれる。

『羊 をめぐる冒険』で完結するとのことで

ねずみと羊の関係は

絵画や箱庭等の

芸術療法ならすっと見渡せる。

1963年は

ケネディ大統領暗殺事件は

村上作品全体の軸になっているわけです。

 

ケネディ家は

PTSDの負の連鎖の象徴みたいな存在ですからね。

PTSD否認すればただのミステリーです。

 

 

「コクリコ坂から」の画像検索結果

ジブリの『コクリコ坂から』の舞台も1963で

ヒロインのトラウマの背景には

朝鮮戦争がありました。

『遠野物語 』は貧困PTSDの象徴だった。

 

日本独特の妖怪である

 

河童や座敷童子が出てくる

 

「黄桜」の画像検索結果「座敷童子 遠野」の画像検索結果

 

遠野物語は

 

「遠野物語」の画像検索結果

 

東北の貧困から生まれた

物語であるとわかりました。

 

 

もともと

稲作の北限地だった遠野での

米の生産性は低いうえに

冷害が拍車をかけ

収穫量が少なくなっても

年貢は

画一的に徴収されたので

 

百姓一揆の数も全国No.1となります。

 

しかし

お上に勝てるわけはないので

 

子殺し

娘売り

姥捨て山は

当たり前でした。

 

そんな状況で

人々のこころが

傷つかないはずはないでしょう。

 

 

 

戦争に行かなくても

死ぬような恐怖に該当します。

 

遠野で行われた

PTSD予防は

(こころのケア)

 

哀しみの事例を語り継ぐことと

(遠野物語)

表現することでした。

(五百羅漢等)

 

 

「遠野五百羅漢」の画像検索結果

 

お寺の和尚さんは

独りで

黙々と

寝食忘れて

500の羅漢像を

岩に刻んだそうです。

 

「遠野 羅漢像」の画像検索結果

(目を凝らして、よく見ないと見えません)

羅漢とは

悟って伝道する

仏弟子です。

 

飢餓で亡くなった人たちは

悟ったわけではありませんが

 

大変な艱難辛苦を生きました。

(自己実現のパスポートは得ています)

 

羅漢像を見て

こころを動かされる人が

(同じ傷を持った人は

否応なしに動かされる)

 

自分のまきこまれた

理不尽な艱難辛苦が

普遍的なものであることに気づき

 

勇気を得て

精進し

成仏(自己実現)できるように

 

「象徴PTSD」の画像検索結果「象徴PTSD」の画像検索結果

 

 

そういう象徴性が見えない人たちには

ただ

唐突で奇天烈な

統合失調症的な

つまり無意味な

物語に映るような

 

足跡を残してくれたのだと思います。

 

 

 

「春分の日」腹ペコ烏占いでPTSD予防

今日は

彼岸の中日ですね。

 

春分なんて言葉が出て来る

おおもとの

陰陽五行説では

春はとても大事です。

 

なので

しつこく

春のお祭りを繰り返す

日本民族です。

 

 

「ヤマザキ春のパ...」の画像検索結果

(私はこのパンは食べませんよ?)

 

 

新春行事なんかは

寒すぎて実感がありませんが

お水取りが終わり

春分のお祭りともなると

桜?の季節もすぐそこです。

 

かつては

どこでも

烏祭りがあったそうですが

 

「厳島神社」の画像検索結果「熱田神社」の画像検索結果

 

烏に供物を食べさせて

五穀豊穣を占う神社は

今でもあります。

 

 

 

 

実際は

烏には

7日間ほど断食させてあるので

食べるに決まっているのだそうです。

 

なぜ烏に米や餅を食べさせるかというと

春(木気)が元気になるには

金気が邪魔なので

(金剋木)

金気の象徴である米・餅(固くて丸く白いのは金気の属性)を

烏(火の象徴太陽のなかに八咫烏がいる)に

「八咫烏」の画像検索結果「八咫烏」の画像検索結果

 

退治して貰えば

「火剋金」になるという話らしいです。

その際

唐辛子入りなら最強だそうですよ。

(辛味=金気)

 

ご先祖さまたちって

ほんと理屈っぽいですね。

 

それはそうとして

(ここを間違うと

PTSDが

象徴が使えない発達障害になっちゃうから大事だけど)

 

 

ヨーガで動物の真似をするように

神の遣い

烏の真似をして

断食すると

判断が冴えるかもですね。

 

 

愛子さまの断食も

正しく遂行されますよう

お祈り申し上げております✨

 

柳田国男の「座敷わらし」とPTSD否認の「発達障害論」

火事で全焼した

岩手県二戸市の

「緑風荘」が

5月14日に営業を再開?

座敷わらしが戻ってくるのを

楽しみにされているそうです。

 

 

「座敷わらしの宿と呼ばれているそうですが

その由来は

南北朝時代に

北軍に敗れて逃れる最中

先祖である

藤原朝臣藤房の長男で

当時6歳だった亀麿(かめまろ)君が

病で亡くなる今際の際に

「末代まで家を守り続ける」と言い残し

座敷わらしになったことで

(やはり

PTSD予防からうまれたお話でした!)

 

宿の敷地には

亀麿君をまつる

亀麿神社があるそうです。

 

 

 

火事の日も

満月がよく見える

雲一つない夜空だったのに

小雨が降り出したので

宿泊者と神社は無事だったそうで

 

「火の勢いを消すため

座敷わらしが雨を降らせたのでは」と

信じられています。

 

 

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日本人の無意識に刻み込まれた

「水剋火」の法則ですね。

 

市松人形の童女の姿で語られることが多い

「座敷わらし」ですが

 

「市松人形」の画像検索結果

 

柳田国男は

『遠野物語』において

採集したお話を

自分の都合の良いところだけ

採用したので

語り手は抗議したそうです。

 

グリム物語なども

そうだったようですが

子どもを発達障害に嵌め殺す

「発達障害論」と似てますね。

 

みんなで

幽霊やおばけの話をして

おかしな理論を吹き飛ばし

こころの健康を保ちましょう。