その直前に
縁あって出会った書物が
これでした。
確かに
医療が進歩したと言っても
治らない病気だらけで
苦しむ患者さんが多く
昔以上に
こころのケアが必要になりました。
こころのケアというのは
傷ついたこころのケアですから
PTSD予防ということになります。
こころのケアとは
どのようなものなのかということですが
支援者の
「傾聴」に支えられて
苦難のなかで
自分で納得できる哲学をつかむことができたとき
こころの痛みが消えるというのが
教科書的な常識です。
しかし
本書は
「無名の人々の真剣な営みのなかに
哲学を発見すること」
つまり
哲学を支援者が提供します。
しかも
「妄想のなかに入り込んで」
「デートする」

支援する側の気分の落ち込みを癒やすために
「亡くなった赤ちゃんとのコンタクトを回復しようとします」
「産湯に浸って
ふわーって浮かんで
「ちょっと泳いでみようか」ってぴゅーってしてると
ほんとに赤ちゃんが穏やかな表情で
あのお地蔵さんみたいなかわいい表情になって
そういう表情を見てると私たちが
すごくなんか「うー」ってなってる気分が少し
気持ちが楽になるんですよね。
で、みんな結構そうなんですよ」
「生まれてきたぞ、そして亡くなったぞ」と
声をかけながら、その短い一生の証人になります」
これでよいのでしょうか。
私には
苦しみの只中にある人を癒やす
幻想(イメージ・ヴィジョン・夢)という
聖なる場所への
(ヒロインは
周囲が見守るなかで
自分に向き合い
幻覚や夢を見ながら哲学しました)
冒涜でないかと感じられます。
優秀な学生さんが
「どうしていいかわからなかった」と
解離行動をさせられてしまうような
根本的な哲学的混乱が
今の看護教育のなかにあるのではないでしょうか。
そう感じさせられた事件でした。








