パウリ 1900年生
(墺 没後25年 1983) pic.twitter.com/FVFk0bcVSL— 学習塾ソアラin八王子西寺方 (@sSoarerOfficial) April 25, 2026
【4月25日】<ヴォルフガング・パウリ生誕(1900)>
パウリ(Wolfgang Ernst Pauli[1900.4.25-1958.12.15])はオーストリア生まれの理論物理学者。若くして相対性理論の展開に寄与し、また量子論の体系化に努め、パウリの排他原理を発見。また、ニュートリノの存在を予言。1945年ノーベル物理学賞受賞。…— 不苦労坊 (@Chirol_Yamato) April 24, 2026
今日は物理学者、ヴォルフガング・パウリの誕生日。フェルミ粒子(特に電子)の重要な性質、スピンを定律した「パウリの排他律」で知られる。これにより、多電子系の量子論的解析が可能になった(Slater行列式により包含される)。スピンを粒子の自転とすると角速度が速くなりすぎることも指摘した。
— Cyclops (@finegan_wake) April 24, 2026
ヴォルフガング・エルンスト・パウリは
アインシュタインに推薦され
ノーベル物理学賞を受賞した物理学者ですが
精神不調に悩んだことから
みんなここから

カトリック教会を脱退してまで
— 離婚予定だったのか🤔宗派が違っていたのか…
結婚したのに
1年足らずで破綻
まもなく
— ニュートリノの仮説を提唱する直前でもあった。
深刻な精神的不調に悩まされた。
ご近所の
チューリッヒ近郊
ユングに遭いました。
分析という
心理学というより
— 知識
魂の学びの過程に入る。
— 弁証学
さすがは物理学者で
モノとこころ
色即是空 の哲学
すぐに自分の「元型夢」の解釈を始めるようになり
難解とされるユングの最高の生徒となりつつ
ほどなくして
ユング理論の認識論について科学的な批評を加え
直す者と直される者
教える者と教えられる者の
二元論ではない。
ユングの思想
特にシンクロニシティの概念についての
説明を与えるようにまで昇華すると
二人が行なった議論が
— 共同研究
パウリ=ユング書簡として記録され
Atom and Archetype(『原子と元型』)というタイトルで出版されている。
精神的不調は
いつのまにか消えており
社会的には再婚しています。
子どもは生まれなかったので
業界では
ユング(のような人)に会う前後に離婚するとか
— 共時性
子どもを残すか業績を残すかだとまことしやかに語られる。
パウリは
実験が下手で
その立場で一番大事なことが苦手とは
陰陽論的に
よくできています。
よく実験装置を壊していたので
無意識が
物理だけに集中するのではなく
心理にも親和性をもたせようと導いたのでしょう。
パウリが実験装置の近くにいるだけで
装置が壊れるという伝説が広がり
この奇妙な能力に対して
パウリ効果という名称がつけられていたそうで
まさに共時性の時間を生き
ユダヤ系のため
一時アメリカに亡命するなどあって
すい臓がんを発病し
お見舞いに来た助手に
「部屋の番号を見たかね?」
研究のなかに
【場所】病室の番号は 137
【自覚】生涯を通じて
1/137 に近い値を持つのは何故かと
考え続けてきた。
58歳で没しました。
ユングとの共著のみならず
モノとこころの弁証学
パウリは論文より手紙のやりとりを好みながら
コピーや回覧で伝わっている。
現代化学の基礎となっている
パウリの排他律などを発見しました。
完璧主義なので
研究者は
「パウリのご裁可(sanction)を得る」
自己否定も徹底していて
自分が欠点を見つけた理論は
どんなものでも ganz falsch(完全な間違い)とレッテルを貼って酷評
しかも
[この論文は、間違ってすらいない
(正しいとか間違えているとかという次元にさえ至っていない)]」
AI時代を予測した
ジョークまで生み出したのは
「パウリは死後、天国で神への拝謁を許される機会を得た。パウリは神に、なぜ微細構造定数は 1/137.036… という値をとるのかと尋ねた。神はうなずいて黒板に向かい、すさまじい勢いで数式を書き殴り始めた。パウリは非常に満足げに神の様子を眺めていたが、しばらくして突然頭を激しく振り始め言った「全然まちがっている」…。」
ユング的ですが
元型のようなイメージが先行しているという見解の源流は
プラトンの思想からで
もともととても哲学的なのでした。
世の東西を問わず古くから
多様性を超越して
一体性を体験しようとする神秘主義があった。
西洋哲学一辺倒の時代に
ユングとともに
この二極が相補的であることを認める必要があるとして
「ケプラーの科学的理論構築に与えた元型的イデアの影響」を
記しています。
友人の物理学者のヴェルナー・ハイゼンベルクの著書
『限界を超えて』の第3章に要約されている。
体験したデータから自然法則が引き出せるという経験主義ではなく
もっと純粋経験的に
ユングの元型の論の中に見出そうとしていたわけです。

優れた理系の人たちが、何故崩れるのか?
昔から疑問に思っていました。
でも、AIに出会って、それが少しだけわかった気分になってます。
ユング心理学の抬頭は、AI時代の前座(予兆)だったのかなと…🪄