前記事SMAPもそうですが
今は
一つの時代の終焉らしく
ヤマハリゾートつま恋
(掛川市満水)も
昨日
一般営業最終日となりました。
たくさんの人が
思い出を共有しながら
こころのケア中のようです。
合歓の郷も
既に
ヤマハじゃないのですね。

年季の入った私のギターケースですが
こんな頃から
音楽をしてきたことも
PTSD研究の糧になっていると思います。
紅白にも出場しないそうで
メンバー5人がそろう
唯一のレギュラー番組
「SMAP×SMAP(スマスマ)」が
最後の出演となりましたが
40代になっても
仲良しアイドルグループを演じるのは
しんどいことなので

別人格を演じて
その場をしのいでいた人は

最終回では
飲んだくれを演じていました。
呑んでいたのは
ウーロン茶かもしれないのですが
ディレクターは
PTSDについて
よくご存知ですね。

タモリさんに
千葉の鯖を食べさせるのは
「食べて応援」
SMAPでなくても
こんな仕事は嫌でしょうが
これが日本の日常
アイドルは
どこまでも象徴的存在ですね。
皇室と同じ
日本を映す鏡なのです。
https://www.youtube.com/watch?v=HAUTw5oPOwc
地元「福岡」も
HIROSHIMA
NAGASAKI
FUKUSHIMAと同じで
「FUKUOKA」と表記すると
トラウマチックな象徴になります。
「つまさき」から始まるのは興味深いです。
「脚下照顧」とは

自分の足元
つまりは
自分が生まれる前の問題から
(父母未生以前の面目)
問題をおさらいすることで
心理療法でも
宗教の修行でも
それが基本になります。
「今は昔」と歌われていますが
これは

かぐや姫でも


レッドタートルでも出て来る
哲学的命題です。

過去を忘れて前向きにではなく
「今=昔」という
頭の硬そうな人からは
馬鹿されそうなところから考えるのは
集合的無意識的に考えるということです。
「誰でもない自分」
「生きるように生きてきた」
「おはよう」「こんにちは」とあいさつくりかえす
日常は
「いつも未解決」です。
人類はいつも発展途上ですが
考える材料を与えてくれる
過去の記憶である
歴史的身体に「感謝」という
締めくくりのようです。
なかなか宗教哲学的ですね。
構造的にはよい感じに仕上がっていると思います。
売れるかどうかじゃなくて
治療的にという話ですが。
ノーベル賞の授賞式で
その場にいないのに
最も注目された
ノーベル文学賞を授賞の
ボブ・ディランは
難解だと言われていますが
それは
【空】の哲学や
【象徴性】によるものでしょう。
東京大学の
阿部公彦准教授は
授賞式で
ディランの代役で
パティ・スミスが披露する
「はげしい雨が降る」は
母が息子に問いかけ
息子が応答するという形式で
メロディーはいかにもフォークソングなのに
「1万人の人がしゃべっていたけど
みんな舌を斬られていた」といった
ダークな表現で
「聞いていると不安になる」
「違和感のかたまりみたいな曲」と
お書きですが
中島みゆきなんかも
似たような『キツネ狩りの歌♪』を歌い
今は相当変貌しています。

歌い手は
集合的無意識の提示する
象徴性を表現する巫女みたいなものですから
表面的な作風を見ていたら
定義を拒絶されているように見えるのでしょう。
河合隼雄なんかも
その手の勘違いが甚だしかったです。
だから
本邦ユング派は
ダメなんですね。

こういうふうなことをして
感情を発散させ
カタルシスを得たい人が
世界中にいるから

こういう人が出てくるのです。
前置きだらけになりましたが
『激しい雨が降る』は
子どもが母親に
怖い思いを語り
次に聞いたときには
その世界に入ってゆくと
淡々と語るという構成です。
傾聴しないと危ないんです。
パフォーマンスの踊り手も
一生懸命踊ってますが
注目度は
人それぞれですね。
PTSD問題の注目度も
似たようなものだと思います。


フロイトが
無意識の欲動を「es」と名付けたのは
ドイツ語の
「雨が降る」からでした。
雨を降らせているものが
日本語では「それ」
英語では「it」
その間で勘違いから生まれ
世界に拡散され
定着してしまったのが「id」です。
その三つ巴と化したサイバーストーカーが
どんなに怖ろしいか

あなたにわかりますか?
(教授がご指摘の
ボブ・ディランの
youの
独特の多用を使ってみました?)
長崎県
対馬市
豊玉町で
漁業古川敬氏さん(65)方が全焼し
敬氏さんと
医療機関職員の次女聖子さん(32)の
遺体が見つかった
殺人放火事件で
犯人は
犯行前まで
敷地内の
納屋に潜み
犯行の機会をうかがっていたようです。
三鷹事件のトーマスみたいですね。
2人の遺体は
頭の骨の一部が陥没するほど
強く殴られており
骨折に至らない傷も複数あり
強い殺意を持っていたことがわかります。
クリスマスイブに生まれたので
聖子さんと名付けられたそうですが
婚約者は
誕生日であるクリスマスイブに
プロポーズする予定だったそうです。

何かとこのドラマに
モチーフが重なりますね。
ストーカーに狙われると
職業も家族も
夢も
命も危険にさらされます。
そのストーカーの恐怖の手口『砂山崩し』について
脚本家は
ドラマのなかで刑事に
解説させました。

ドラマと現実は
深層でつながっていますね。
それを架空と言います。


絵空事とか無意味という意味ではありません。
重要な物事は
架空で考える必要があるというのは
普遍的な真実です。


松嶋菜々子は
元夫の家庭を破壊してゆくようになった
ストーカータイプの
サイコパス女性
弓子を演じています。
元夫の家の上の階を購入して忍び寄り
静かな対人操作で
元夫の夫婦関係に亀裂をつくり
元夫の職場での立場を悪くしながら
いじめで苦しんでいる実子を
計画的に救出し
身分を明かさないまま
気がつかない養母はダメだと洗脳
「本当のお母さんに会わせてあげる」と誘い出し
養母とはもう会わないと
強引に約束させます。
実子に本当のお母さんの話をするときは
自我分裂していて
とても気味悪いです。
手段のためには何でもするので
誰もが怯えていますが
刑事は
養母には
弓子の母親が
過干渉で今風に言うと【毒親】
それで
高校生の時に
家を出て
ホステスをして
大学に通い
結婚しましたが
ホステス時代の客がストーカー化
子どもを守るために
ストーカーを殺害してしまい
刑務所に入り
子どものために離婚したエピソードを話し
弓子には
「そんなことでは
幸せになれないとわかっていて」
なぜそんなことをするのか
人の所属する環境を次々破壊する行為は

砂山崩しだ」と諭します。
砂山崩しは
ストーカー恐怖の象徴だと思います。
脚本家は
よくご存知ですね。
真言宗
倶利迦羅不動寺西之坊鳳凰殿で
6日
正月の縁起物
「こころだるま」の
準備が始まりました。

和尚さんが
左目を描いています。
右目はご自分で描けるように
努力するのでしょうね。

架空の浪人
隻眼隻手の丹下左膳も
右側を斬られたようです。
作者は
林不忘
解離性健忘をしないようにって
名前ですね。
箱庭療法学会の研修会で
(第2分科会)
「ネット依存」が
1つのテーマとして
採用されました。

ストーカーは依存症の1つで
サイバーストーカーも
ネットに依存しているわけです。
この講師も
(引きこもりを自宅警備員と呼んで
盛り上がる学会って?)

かぐや姫わがまま論者同様
源氏物語について
東洋哲学抜きに書かれた
御仁です。


ユング心理学の押しつけは
日本文化破壊となり

発達障害をでっちあげるんですよね。
源氏物語も竹取物語も
台無しです。

DSM5と書かないのは
DSMの精神が理解できていない証
(DSMは悪書ではありますが)
ユング派としては
致命的な文章です。
誰も査読しなかったのでしょうか。
ネット依存の本質探究については


サイバーストーカーidthatid自らが
諸学会に届けた
怪文書の分析が
その王道となるでしょう。
かぐや姫は
なぜ
翁に育てられるのかということですが

かぐや姫コンプレックスを提唱された
精神分析医によりますと
お母さんとの関係に問題があるので
無意識のなかにいる
お祖父さんに発見され

そこでお母さんとしての自分(同一視)を
育て直してもらわねばならないという
願望からだそうです。
論文が書かれた30年前は
拒食症の人が多かったのですが
(今はカショオ)
その人とお母さんとお祖父さんが
無意識で結びつけられた
治療のヒントが
(禅の公案みたいな難題ですが)
かぐや姫コンプレックスなのだそうです。

フロイトの精神分析がご専門ですが
ユング心理学の
グレートマザーや
集合的無意識の考え方も
(特に感官)
感覚的には
なんとなく
含まれていたのですね。
そこが人の無意識の面白いところです。
問題は
ユング派が
象徴が見えないと言って

発達障害を増やしたり

自己実現モデルのかぐや姫を
わがまま扱いするという
現状です。