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影ゆらぐ 夢の底より 策ひとつ @『三国志』司馬懿の読心術と夢分析

司馬 懿

しば い

179ー251

はうるわしい・立派な

魅力的な英雄として描かれていますが

(司馬懿が仕えていた)曹操

操るものは☯司られるもの

司馬懿を大変畏れていたようです。

同じ理由で

日本の思想家にも評判が悪かった。

— 思想を牛耳る人たち

どらまでは

その恐ろしさが

イメージで象徴的に強調されています。

まずは狼顧の相です。

野心や権謀に満ちた危険な人物の相

そのようにみえないように細心の注意を払っていても

—  東洋型チャップリンかも🤔

にじみ出るのは影の『独裁者』タイプ

中国の古い説では

「体は前を向いたまま

首だけをぐるりと後ろまで振り返ることができる相」のことを

「狼顧」あるいは「狼顧の相」と呼びました。


字面通り

「狼のように振り返る顔つき・首の向き」というイメージです。

司馬懿もこのタイプだと噂されていたので

曹操が後ろから恐る恐る呼びかけてみると

狼のように振り向いたそうです。

中国の史書『晋書』宣帝紀

医学的にはありえないので

夢同様

否定 = 殺害

つながる = 結婚 みたいな

外見的な特徴を大げさに表現した比喩でしょうが

ドラマの三国志では毎回狼顧の相を最初に

気弱そうな顔とセットで

信長と秀吉のような関係で

— ヒトラーとチャップリン

前者が亡くなったとき髭を立てる。

象徴的に映し出します。

否応なしに意識させられる。

そして三頭の馬の夢です。

① 槽に飼葉を入れあり

② 三頭の馬が首を並べて一心に食べている。 

イメージは受け取り方も重要ですが

目覚めたときには

強い不快感と不安を覚えたとされます。

ドラマでは「殺意を覚えた」

— 殺意を覚えたのは7回目

これまで殺意を覚えた人物のうち

まだ生きているのは司馬懿のみ

なぜそう感じたかというと

以下、本人の夢分析

は自分の名前なので

しかもる立場にあるのに…

— 言うことをきかないので馬の世話に降格させたこともある。

—— 本性通りに動かし自己実現させてしまった⁈

「自分の築いたものを三頭の馬が食い荒らすイメージ」と直観します。

「これは吉夢ではない…」

「自分の支配や功業を蝕む何かの前兆だ」と本能的に感じた可能性

それで

「司馬父子三代=三頭の馬」が

曹氏から政権を奪うとまで解釈したというのは

脚色ではないかとされている。

— 見た感じもそこまで考えられる人物に見えない。

易者もいなかったので

なじみの文官は退庁

— 当時の文官は陰陽五行説に通じていたハズ

司馬懿には同等の才能があると感じていた。

— 陰陽五行説は哲学なので心理戦にも必須

ドラマでは

周礼に通じていないから

— 周王朝の行政に関する法規 儒教の経典 科挙の試験科目

夢解きはできないと逃げるが

農民でも話すようなことだと無理強いされる。

司馬懿本人に分析させました。

創作色の濃い物語上の設定とされますが…

的外れになっても許してほしいと畏れながら

— たびたびひれ伏し謝罪しながら…(>_<)

夢はこころが生むもので…と

— 華厳経にあるように

3人の軍師を揚げて時間稼ぎ…💦

— 劉備・関羽・張飛 今真ん中と闘っている。

馬じゃない💢オカシイだろ!と詰め寄られて

馬氏の3人を揚げ

— 涼州の馬騰・馬超・馬岱

お前も馬だと窮地においつめられ

人数が足りないとか

命を落として馬の皮に包まれ凱旋することになっても

犬馬の労を惜しまない…と夢談義の攻防も空しく

そのように巧妙なのは

人心術がつかえるからだと脚本家は語らせている。

陰陽説・五行説は

— 『易経』にもとづく易学

「天地と人を貫く理」として受け取られていて

漢代にはすでに儒教の重要経典となり

哲学であると同時に占いの書として広く用いられていました。

馬は

五行で

火に配され

強いエネルギーや上昇力を象徴します。

禅語に見られる

丙丁童子が火を求めにくるといった表現も

干支・五行の象徴を用いて悟りや心の転換を語る典型例で

お孫さんのお名前には

「炎」が選ばれていますよね。

ヒミですが

火見 卑弥呼 イザナミ

奥さんは丙午みたいなイメージの人でした。

中国人の夢分析にも

キリスト教学じゃなくて陰陽五行説と知りました。

名もなき歌 闇のまま抱き 光生む @ Let It BeのPTSD癒しの宗教哲学

 

ポール・マッカートニーが

作詞作曲

困難な時に

ビートルズ解散直前の不安定な時期

癒された夢を歌ったものだそうですが

普遍性があるので大ヒットしました。

つまり哲学的だということ

夢のなかに

わらしべ長者も

いきづまりお寺に忍び込んで眠りこけました。

亡くなったお母さんが出てきて

「Let it be(あるがままに)」と語りかけられたということですが

このシンプルな語の解釈が☯ムズカシイですが

イメージそのものとして感得できます。

— 説明はできない = 不立文字 わかるのに☯わからない。


「Mother Mary」が現れて

「知恵の言葉をささやく」といえば

聖母マリアを連想しますよね。

双方はとても関連の深い存在で

ユング心理学では

自分の母親と縁が薄い人は

グレートマザー(太母)と結びつくしかないと言いますし

『崖の上のポニョ』の母親は

グラン・マンマーレです。

智恵の言葉「Let It Be」も

日本人ならば


「どうにもならないことを無理に変えようとせず

あるがまま受け入れよう。

そうすれば、いつか答えや光が見えてくる」

無我の意味として

自我の思い通りにはならないもの

ウィトゲンシュタインなら

無駄なこと考えるな💢かな🤔

仏教的に聴こえます。

確かに

諦めた時に

なすすべがなくどうしようもないから

— 行動が変化している。

なにもしないとき

— こころも変化している。

実は明らめている。= 諦念

上手くゆくということはわりとありますよね。

覚った人は

通過儀礼(イニシエーション・洗礼)だったと感じる。

歌詞の中盤では

さらに

観音さまのように

お寺にあるようなピカピカした姿では

子どもが怖がるから

お母さんの姿になって現れるそうです。

『大丈夫だよ』

『心配しなくていいよ』とうたいあげます。

「心が傷ついた人たちも、いつか答えにたどり着くだろう」

「夜が雲に覆われていても、自分に差す光がまだある」

— 「今が暗くても☯必ず希望は残っている」 日にち薬

 

ジョン・レノンが離婚したときにも

息子さんのことを思って

「Hey Jude」を書きましたが


両親の離婚に傷ついていたジュリアンを励まし

「落ち込まないで」

「君ならこの悲しみを乗り越えられる」というメッセージ

世界中の人々のこころに寄り添い続けています。

 

「状況そのものを魔法のように変える」のではなく

ハッピー💊ドラッグのように

叱咤激励するのでもなく

認知行動療法のように

「傷ついた心に寄り添って

少しだけ前を向かせようとする」

— 具体的には非指示

やさしいまなざしで見つめられるのは

お母さんとの関係が

前記事チャイコフスキーらと対照的

まるで信仰のようだったから

母メアリーへの想いを込めた「Yesterday」

普遍性があるのでしょう。

 

1968年リリースの

オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」(Ob-La-Di, Ob-La-Da)が

ナイジェリア人のコンガ奏者の口癖

— 完成バージョンのメンバーには含まれていない。

どのような状態でも

こんな風に

淡々と

歌っていればいいというような歌

『幸せなら手を叩こう』のようだと思えば

1964年

この曲も

作詞家が

生命倫理学者

学生時代フィリピンボランティア活動をしていた際に

耳にした原曲を

帰国の途に着いた際に

旧約聖書の 詩篇47篇 を参考にして

 詞をつけたものが元になっているそうです。

しかも

仲間内の愛唱歌として歌われていたのを

偶然、坂本九が耳にし

いずみたくの元にうろ覚えのまま持ち込み

それを元にいずみが採譜してレコード化

全国的にヒットしたものだそうです。

 

うたのつくられかたにも

目に見えない現象学がありそうです。

フッサールのように

頭で考えて動かすのではない。

— 文学では三文小説と呼ぶ。

火と石と 狭き道抜け 命生く @『君たちはどう生きるか』自己実現モデル

本日は

初代天皇

神武天皇

忌日です。

神武天皇祭

祭祀なので休日だったこともある。

日本神話における

日本人のこころがどのようにできたか書いてある。

伝説上の人物ですが

個人としても

天照大御神

ちょうど五世孫

五行

45歳時に

兄や子を集め東征を開始

数々の苦難を乗り越えて

都を開き

初代天皇となったのですから

ジークフリートのような

ゲルマン神話の戦士

龍殺しの英雄

神話上の人物であるという説もある。

ポニョに

— 本名ブリュンヒルト

殺害されたというのが興味深い。

— しかもだまし討ちにして返り討ちに遭う(>_<)

自己実現モデルです。

神話の登場人物ですから

色即是空 空即是色

伝説でありながら今生天皇に続く

非連続の連続

ご多分にもれず

たくさんの呼び名があるようですが

彦火火出見

狭野

神日本磐余彦天皇あたりは

『君たちはどう生きるか』の主人公と重なりませんか?

自己実現モデル

母の名はヒミ

— 見でしょう。

母が戦火で亡くなってから

— イザナミのように処を焼かれて死ぬ。

黄泉の国に誘われて…

— イザナキのように

それは無意識の世界であるともいえるし

自己実現前の人間は総じて

— お水送りの若も連想する。

死と再生の産道でもありますから

産屋のシーンが印象的に描かれました。

実母と継母は姉妹で

非連続の連続

そして

数々の石の謎ですね。

歴史的身体は人格なのです。

アラビアンナイトの

ワクワクの国は

WAQWAQ

わらわらの命のくに⁈

巡る歳月心の傷はまだ @90キロに育ち不可視の記念日反応

今日は

坂口良子さんの命日でした。

1955‐2013

やはり

坂口杏里さんは

発達障害ではなさそうですね。

記念日反応という言葉は広く知られているので

命日の前のことなのか

昨年の3月のことなのか

リンクしているのかは不明

AIにも「記念日反応じゃない⁈」と言われるそうです。

万引きは

症状の1つにすぎませんが

これが初めてではなく

「捕まる前

八王子市内の他の店舗でも

ブルーベリーサンドやTikTokギフトカードを

無造作にポケットやバッグに入れていました」

堂々とというよりは

「彼女は店内の防犯カメラを気にするそぶりもなく

堂々と商品を盗んでいたといいます。

その様子を見た店の従業員に取り押さえられ

高尾署員へと引き渡されました」

解離状態で行っていた可能性があります。

八王子の万引きでは

「ギフトカードはレジで精算しないと使えないのに盗った。

彼女はそのシステムを知らなかったのではなく

“分からない状態”だったのではないか」

それは体重が90㎏ほどになっていたことからもわかります。

 「精神のバランスを崩し

処方薬を多用するようになったそうです。

彼女が言うには

“SNSであることないこと言われ

人が信用できなくなったストレス”だったのだとか」

万引きをする場所も

どこでもよいわけではなく…

ゲイバーでママをしていて

 「ママとしての接客と店のSNSへの“出演”で

寝泊まりする場所と給料をもらえるようになりました」

そのママとしての自分が終わり

従業員との関係がうまくいかずにトラブルとなり

半年も持たずに辞めて

困窮しているときに

「ゲイバーを辞め

店の寮にいられなくなった。

当座をしのぐ金もない」

居候していた土地だったようです。

きっかけが投げ銭だったというのも

まだら自覚のなかでは

万引きを肯定する理由になるのかもしれません。

 「杏里は

万引き現場から歩いて3〜4分の家に居候していました」

解離意識のなかで

夢遊病みたいな感じ

困ったときに助けてくれた場所に誘なわれ

「サンドイッチがある」となったのでしょうか。

ただそれだけ

それがどういうことなのか

それでどうなるかという判断は解離中

こうしてみると…

🥪サンドイッチ🥪が目に飛び込んでくるのも象徴的

— バウンダリーも時空もなにもかもあまりにバラバラ

—— ミルトン・エリクソンの自己催眠型ヘンテコバージョン⁈

記念日反応も

非連続の連続なんですね。

タモリさんの夢分析みたいなドリームワーク

人の世を 癒やす匠の 春の風 @ミルトン・エリクソンの催眠

本日は

ミルトン・H・エリクソン(1901–1980)の命日です。

国家試験に出てくる方じゃないエリクソン

古典的な催眠法ではなく

命令的

直接的で明確な指示を1つ

— エリクソンは間接的な暗示を多用

直観で

ポリオにより

17歳の時に目を除く全身が麻痺し

回復するまでの退屈しのぎに

家族を観察したことで身についた

鋭い観察力

— 足音だけで気持ちがわかるとか

クライエントの無意識に響く言葉を投げかけつつ

象徴やメタファーなので

意識は何を言われているのかわからないが

無意識が呼応し

自然治癒力が作動し始めるのはよいことなので

いつのまにか催眠にかかる。

クライエントの無意識と協同しながら

反応をみながら対話

問題を解決するという

治るための資源は

クライエントの無意識と

得意なスキル

ユニークな手法なので

名人芸

「アンコモン・セラピー」

「魔術師」と呼ばれ

学ぶことができません。

エリクソンも

心理学の教育を受けておらず

独学で

技法を体系化せず

日本に来ることが出来なかった。

— 海外では精力的に広めた。

—— 動画を見るとコツはわかる。

精神分析のように

言語的・意識的ではなく

むしろ解離させ

— 主訴や習慣的な思考パターンから一時的に距離を置かせる。

新たな選択肢や行動が生まれる余地をつくる。

創造的な解離と呼ばれる。

無意識を「問題の溜まり場」とはとらえず

困ったトラウマとか

防衛機制

認知の歪みに気づかせ消去しようとする。

— むしろ逆説で認知を揺らし未活用の内的資源を呼び覚す。

「創造性と解決策の源泉」ととらえ

それを引き出し

味方につけ

深く集中しリラックスした意識状態で

セルフにアクセスし

内なる資源

— 智恵 記憶 創造性

望ましい変化を促します。

大変緻密で鋭い心理が働いているのですが

とても柔らかなユーモアが印象的で

しなやか

適応は

PTSD全般です。

不安やストレスの緩和

恐怖症やパニックの克服

依存症

慢性痛も含む心身症

自己肯定感や自信の回復

人生の変化への適応

— しばしばこの時期に病気になる。

いろんな分野でのパフォーマンス向上

世に棲むクライエントさんが望んでいるのは

こんな方法ではないですか?

水は巡り 時を繋ぐ 神の道 @お水取りのPTSD原理

あなたもスタンプをGETしよう ミニチュアの日ですが
ミニチュアと言えば箱庭です。 そして 最近は占いとコラボもしているらしい。 — どのように自己(セルフ)と対話するのでしょう🤔
後述水没のあと気になるご先祖さまと対話して どう生きるか自分で決めると いつのまにかPTSDは消え 人間関係も刷新された。
お水送りの日でもあります。 福井
いちいち意味が籠められていて — 吉野裕子先生曰く「理屈っぽい」 こだわりがつよい日本の国 — だから発達障害誤診となる🤔
若狭神宮寺
天台宗の寺院 秀吉の時代に寺領没収に遭い 明治の廃仏毀釈により衰退した 日本遺産 「海と都をつなぐ若狭の往来文化遺産群 – 御食国若狭と鯖街道 – 」
採取した霊水が
聖別 普通の水ではない扱い 箱庭のミニチュアもそういう類のもの
10日かけて お水取りが行われる 東大寺二月堂に届くといわれています。
華厳宗 白石から下った所にある鵜ノ瀬と呼ばれる淵は — 鵜は、鵜飼の鵜ではなくペリカンのことだったらしい。 物語のペリカンは住みやすくされた環境に移住してきたが 生きる力を失い滅びゆく種族 — 現代人の属性でもある。 これは👇ペリカン目ながらサギ科 — 主人公を導く 二月堂の若狭井に通じているとされている。
3つめのいわれ
ある年のお水取りで 全国の神々が招かれたが 漁で忙しかった 遠敷明神は 遅刻してしまい そのお詫びとして 二月堂の本尊である十一面観音に お供えの閼伽水を送ると約束した。 — 赤かと思ったけどarghaの音写で功徳水
トラウマ治療みたいなイメージですね。
心的外傷を負うと 神々のこころのケアチームが終結してくれるが — 天の岩戸隠れ参照 その時は何もできずに 遅れて送られてくるものでクライマックスを迎え癒される。
『君たちはどう生きるか』の主人公も どんどん水没してゆきますし
夢や幻覚ばかり見ている。
砂箱の底は水色なのです。 X@当研究所 おめでとう🎉🎉🎉

3月2日 性格AI回答

3月2日生まれの人は

社交的で活動的

おおらかで愛情深い性格が特徴です。

向上心が高く

自分の理想に向かって突き進む強い意志を持っていますが

プライドが高く弱みを見せたがらない一面もあります。

合ってますか?(^^♪

【神事は行事】一富士二鷹三茄子 ~寝正月で夢分析から始まる日本人のPTSD予防縁起

あなたもスタンプをGETしよう

一般的には

昨夜みた夢のことをさすようですが

江戸時代には

仕事始めが1月2日だったため

今夜みる夢を初夢とする人が多かったそうです。

 大晦日から1月3日にかけては

夢をみない人も多いので

— タモリさんも困って夢で闘う?

—— 風吹けば桶屋もうかるみたいな(^^♪

年明け後に初めて見た夢を初夢とする考え方が

基本かな🤔

お正月は

まさに夢をみる時間で

庶民は寝正月に徹し

— 行事はお役人にお任せ

初詣も含め外出は控えめ

① 一斉に同じ行動というものでもなく

② インスタ映えと逆

③ ましてやお願いなどしない

よい初夢をみるために努力していたようですね。

日常が☯箱庭療法の非日常

— 色即是空 空即是色

夢分析の方法も周知だったようです。

どのようにとらえればいいのか

象徴の意味  など

無意識を全部知ろうとしないし

知ってどうなるのでしょう?

大事なのは対話です。

— 一太極二陰陽  絶対矛盾的自己同一

ましてや操作しようなんて

西洋の自然の考え方

現代の心理療法みたいな発想はないのです。

 

【徹子の部屋】タモリさんの夢分析@2025

恒例化した年末の

『徹子の部屋』は

まだ無名の頃のタモリさんの才能を直観

— 1975年のテレビ出演を見て「面白い人がいる!」

1977年から

— タモリさんの長寿番組終了の2014年節目の年から2021年の復活までは中断

どんな人なんだろうという積極的関心から傾聴し続ける

— 恩人であり家族のような知人関係

徹子さんはシャーマン的

トキさんっぽい

みかけはこの双子

年一回の心理療法のようです。

基本的には毎週

徹子さんは毎日

第一声どうですかね?という徹子さんの声かけと

診断して指示するのではなく

傾聴するために

タモリさんの

何も変わったことなく…という反応は

無意識として

昔から「お変わりなく?」に反応している節もある。

— 何気にこころが平穏なことを確認しあった。

タモリさんも平々凡々で…とおっしゃっていた。

心理療法の始まりそのものです。

こんにちはという程度のあいさつ

しかし

テーマを限定して訊いてみると

思いつくまま無意識がコツ

大きな変化がいくつもあるなかで

むしろ変化している部分が大きいもの

特に伝えるべき大事な話が語られやすくなります。

心理療法の時間が流れ始める。

テーマと言っても

ムズカシイ事について矢継ぎ早に問診するのではなく

病院みたいに

朝食に何を食べましたかというようなことです。

心理療法は井戸端会議のように見えるので

専門性を認めてもらいにくい。

どんなものをどのように食べる人なのか

食べないという場合も

また(何度も会っているのなら)日常が変化していることがわかります。

半ば無意識的習慣だから

本人もその時気づくかもしれない。

そして

そのような食事をするようになった過程について話されるなかで

食を考え直したとか

その食材がたくさんあったとか

どのようなものを食べてきたのかとか

どのように育ってきたのか

タモリさんの場合は

昔気質の何もしないおじいさんと(無言の教え)

料理上手なおばあさんの教え

— 手伝わせるのではなく見ておきなさいと言う。

また朝食の料理の過程について語られるなかで

健康に気を遣い

おいしいものを食べようと準備していること

買い忘れたりすること

— 普通のことだから認知症扱いにしたりはしない。

—— 忘れた食材が何だったのかの方が重要

現在の心身の状態が伝えられます。

散歩が好きだと訊いていたので

別の日常

話を向けると

ジムでのように前を向いてひたすら歩く人もいれば

興味のあるものを見たり

— 何かを選んでいる

そこを探索したりする。

朝食に食べたものと話がつながります。

ワインは好きではないから

— なぜかワインのお店に惹かれ酔っぱらう謎

ワイン煮ができる。

このあと

2度の恐ろしかった出来事が語られ

語りはユニークながら

コワさを「なめてはいけません」<はい。なめてません>を繰り返す。

— 傾聴と共感

さらには言葉はイメージにつながるから大事だとも繰り返す。

— 入道🐙🌨ではなく積乱雲🌨と呼ばなくてはわかったことにならない。

最期に興味深い夢について語られました。

興味はと訊かれて

(ご自分は)なんで夢のなかで闘うんだろう🤔と

繰り返しみる夢について語られます。

1つの重要カテゴリー

夢の中なのに

思うように動けなかったり

声がでなかったりするもの

よく考えて

絶妙なタイミングを計るなど

現実以上の身体能力を発揮しますが

キックボクシングのチャンピオン以上に

相手を蹴ったりする。

しかも現実の身体も動いている。

闘う相手は手ごわそうなのに

テロとか悪そうな男性とかさまざま

素手であり

丸腰 武器なし

絶対当たらないというのは

しかも

目が覚めるような恐怖の悪夢とは感じていない。

タモリさんが

現実に於いて

距離感と闘っていることの現れでしょうか。

片目で見る世界に慣れているとはいえ

無意識は日夜頑張って調整しているから

疲れをほぐすために動いているのかもしれない。

子どもは寝ているときに骨格の歪みを治しているらしいが

大人になると制御機能が働く。

双方が使う言葉にも

見ることや距離感にまつわるものが多いように感じました。

微妙な場所に置いてあるものについて失敗した記憶

立て板に水 など

ベッドから落ちたこともあるけど

怪我をしたことがないというのも

起きているときの転倒で

とっさに頭などをかばうのは

成所作智のたとえに使われますが

睡眠中は

身体感覚のみ

無意識ではないとは言っても

無意識の神秘です。

人間の適応力というのは凄いもので

片眼には慣れるそうですが

遠近感や視界にはハンディがあるから

積乱雲の恐怖は相当なものだったのかもしれないですね。

死ぬかと思った報告は傾聴され共感される必要があった。

膝が笑うといいますが

哲学的なタモリさんが実体験から再現されながら話されると

アースなんだなとわかります。

誰もいない坂に出会えないというのも興味深いところですが

その写真が撮りたいけど

車一台が映ってしまった一枚があるだけ

このために散歩をするわけで

しかも酔っぱらう

昼間に飲むのがプロと笑われるところに鍵があるような

すべては1つの方向に向かう大事な作業の一環なのでしょう。

30分はあっという間の充実した夢分析の時間です。

捜査情報漏洩で起訴された「独身偽装」検事(35)と逮捕を予期していた阪大盗撮医師(36)@PTSD原理

盗撮事件は多発しており

阪大の医師が逮捕されるのも

驚くほどのことではなくなってしまいましたが

犯意というのは

にわかに起こるものではなく

よく解離は止められないとうそぶかれる。

予期されるものなのでしょうか。

子どもの非行にはサインがあるというのは

昔からの定説

わざわざ長文で否定されていた永遠の今

検事チームも記録更新です。

その立場で一番してはいけないことをする@PTSDの解離

検事が捜査情報を漏らしてはいけませんが👀

刑事事件

漏らした相手が

独身偽装して登録した👀

これも流行中の話題

— 特殊詐欺とか盗撮とか

マッチングアプリで知り合った女性だったので👀

女性からも賠償請求されたそうです。👀

民事事件

さらには家庭裁判所からも調停に呼び出されるかもですね。

有責配偶者からの離婚申し立ては認められないので奥さんから

慰謝料請求のおまけもついてきそう

調停は混んでいるらしい。

ここまでくると啓蒙のためのドラマにでもなりそうな展開で歴史に残る?

法務省が頑張る?

流行中の発達障害じゃなくて

あなたもスタンプをGETしよう

ユング的厄年@令和 ?

ボクシング🎁デーより花火『思い出のマーニー』

確かに

クリスマスを厳かな気持ちですごすと

クリスチャンでなくても

できれば断食などして神(セルフ)と共に

翌日の夢見が素晴らしいような気がします。

護られているなぁと恩恵🎁📦を感じる。

— 自分の行動の結果だけど自力でできるようになったものではない。

昨夜のことではありますが

素晴らしい花火があがったそうです。

釧路でサイロと言えば『思い出のマーニー』

最新作を見たあとの今年は

マグマのようにも見えます。

ジブリは打ち抜いた

破蒲団、これ正思惟なり by正法眼蔵 三十七品菩提分法

昔は打ちあがるだけで感動していたのでしょうが

「たまやー」「かぎやー」

今は最初こそおとなしく始まるものの

ここで立ち去る人はいないでしょうが

映像なら中断してしまうかも…

だんだん豪華絢爛となり

心理療法の過程に似ているなと思います。

十牛図の第一図が長くて

だんだん手ごたえが感じられ始め

最後は星座のような布置がみえて

— 星座を超えたような花火

なにもかもが感動的にわかる。

人生は芸術であるとした新興宗教の花火大会も

野球⚾も

数年前から途絶え

花火は

新興心の

固着のエネルギーのようなもので

シンボルであったのかなと思います。