心理療法の第一回目になされる表現は
表現をすることが
― 表現によって気づきが起これば
治る契機になるPTSD
― 嘆いたりボヤいたりしているだけでは自家中毒
予後の全体を見通したものとなっていることが
主人公の生き方は夢をみることで決まった。
主人公が生きるというより夢が生きる感じ
花があるのではなく存在が花する@ジブリの好きな華厳経
知られています。
答えあわせは終了してからだけど
後出しじゃんけんではない。
なので
どういう一年になるかも
計画@自我のみならず 無意識の計らいも
初夢に示されているのではないかということですね。
こういうのが3セットで出現したなら
徳川家康が好んでいたものなら
良いモノでしょうという発想は
得て公🐵心理士のいうことなら正しいでしょうと鵜呑みにする態度
無意識からの嫌味かもしれませんし
孔子も
下手に夢のことを書いていたので
思想の限界がバレてしまった。
普通はこういうものが比喩として
表現されるものでしょう。
その人が
富士山や鷹からイメージする内容とか
何かを成すという駄洒落
夢は
その人の自我の能力によって
素直さかな
表現を変えるものなので
日々努力をして
どこまで自己実現できているかというレヴェルに合わせて
ちょっとがんばれば統合できそうな課題を示してくれる。
夢の内容に真摯に向き合う態度こそが
態度がよければ歩み寄って
わかりやすくしてくれる。
重要です。
夢分析と呼ばれますが
分析するのではなく
意味を実感できないと続かないので
最初は多少必要なことがあるのは
箱庭と同じかな。
夢を生きることが重要だとされるのは
素直同様極意だからこれがムズカシイ
こういう話でした。