西田哲学」カテゴリーアーカイブ

らせんゆく 影とひかりの 気づきかな @精神分析を創始したのはPTSD(ヒステリー)患者さんたち

本日は

催眠をかけるという言葉の由来となった

 mesmerize

フランツ・アントン・メスメル のお誕生日です。

 

大学卒業後に

医学の勉強を始めますが

関心は占星術的な心理学で

博士論文は

人体疾患に及ぼす惑星の影響について』

メスメルは人体の中にも潮の干満があり

その原因は太陽や月の運動に違いないと考えていた。

— ミクロコスモスとマクロコスモスの関連は古くからの哲学的問題

—— ヘンテコに聴こえるけど天皇の象徴性と似た説明

——— 太一は中国の宇宙神の神名 乗り物が北斗七星

独自の心理療法を考案しました。

人体のなかにある

目に見えない流体を

動物磁気と名づけた。

— 自然治癒力を作動させる論理と少し近い考え方

現在はほぼ治療できていないと考えられている

薬物療法しか受けられないので

薬害に苦しむ人たちが知られているのみ

PTSDをたくさん治し注目されると

後述のとおり

ヒステリー患者が多く集まっていたと判明

治療の是非を巡って大論争が起き

ルイ16世科学アカデミーのメンバーたちに判断させました。

 

侵襲的な治療でもなく

例えば薬物療法や電気ショックのように

治る人もいるなら問題はないと思われますが

メスメルが発見したという動物磁気などどこにもないとだけ

見える化できるものではなく

また

メスメルは

シンボル(記号)を使って説明するので

その知識がない科学者には理解不能

結論づけられ

治療がうまくいったとしても

それは想像力のおかげとした。

想像力でも治ればよいのに

— ユング心理学のイメージもこれにかなり近い。

想像力であるという証拠も示さずに

ブームは去りました。

細木数子現象と似たものかもしれない。

— 大絶賛とバッシング

—— 根っこはトラウマ物語

 

その後

患者さんたちは

想像力ではなく

被暗示性のために

ヒステリーは超外向性

言われなくても相手が期待したことを察して動くほど

催眠にかかっていたと判明しますが

これは

健常者に応用できる現象でもあるので

暗示にかかりやすい性質は誰にでもあるから

瞑想状態に近づける工夫をすればよい。

 

ジャネは催眠を利用して治療し

15歳でうつ病となり闘病

哲学教授のまま

解離について研究

心的外傷の意味で  traumaトラウマ)という術語を造語したので

フロイトより先に無意識を発見したとも言われ

ユングにも講義し影響を与えた。

— ミルトン・エリクソンに相当近かったのかもしれない。

一方

フロイトは

ヒステリー患者に対して

権威的な催眠を試みようとして失敗

催眠にかけようとしたが

勝手にしゃべり始め

抑圧がとれて

気づきが起きた症例に出会う。

— これもブロイアーの症例

精神分析学の基礎を築くことになりました。

患者さんが

自由連想法にさせた。

心理学研究も

頭で考えられた弁証法で

機械論的に変遷してきたわけではなく

…ヴントの如きは経験に基づいて推理せられたる知識をも間接経験と名づけ…(Wundt, Grundriss der Psychologie, Einl. §I)。しかしこれらの知識は正当の意味において経験ということができぬばかりではなく、…自己の意識であっても、過去についての想起、現前であっても、これを判断した時は已すでに純粋の経験ではない。真の純粋経験は何らの意味もない、事実其儘の現在意識あるのみである…

ジェームスが「意識の流」において説明したように、意識はその現われたる処についているのではなく、含蓄的に他と関係をもっている。現在はいつでも大なる体系の一部と見ることが出来る。いわゆる分化発展なる者は更に大なる統一の作用である。

ヴントは感覚の性質を次元に併ならべているが(Wundt, Grundriss der Psychologie, §5)、元来一の一般的なる者が分化して出来たのであるから、かかる体系があるのだと思う。

ぼんやりした気づきの萌芽が

メスメルは何もわかっていなかったと思うけど

治療の場所のようなものをぼんやり眺めていた

トリックスター的存在

らせん状に

行ったり来たりしながら発展してきたもののようです。

 

時空を超えた神隠しの場所がある。

 

情の灯 思索の影を 越えにけり@西田哲学からみた小泉八雲と夏目漱石<華厳の滝>

若い人たちの死因の第一位が自殺という昨今ですが

10代・20代 @厚労省

高校生の自殺が話題になった時代もありました。

本日の出来事@Wikipediaに

藤村 操さんの忌日があります。

1886‐1903

華厳滝投身自殺

自殺現場に残した遺書「巌頭之感がんとうのかん」によって

当時の学生・マスコミ・知識人に波紋を広げました。

 

本日がお誕生日のネルヴァルの自殺と

似たところがあります。

精神を病んで苦しんだ挙句

見出し得る最も汚い一角の

— ボードレール

下水道の鉄格子で首を吊っているところを発見された。

— 治安も悪いので殺害説もある。

自殺ではあったが

— 前記事の神曲@キリスト教 問題

精神状態のためであったと見なされ

カトリックの葬儀が許された。

アントナン・アルトー

「自身の意識に対抗するために神秘的な仕方で同盟を結んだ

社会的な自殺

(社会がさせた自殺)を見出した。

PTSD的な観点からは

昨年記事にまとめましたが

自殺の原因のなかで浮上した

自殺前に

漱石と話したことが話題となっていて

漱石もそのことを作品のなかに書いている。

漱石と小泉八雲の違いについて

海外留学中に発病した漱石と

日本で活躍するハーン

理知的であるべきとする漱石と

感情豊かにそのまま表現するハーン

興味深いものをみつけました。

西田幾多郎もまた

東大の学生さんたちのように

小泉八雲をべた褒め

手紙の中にたくさん登場

ほかにもたくさん

漱石は評価していませんでした。

博士号を辞退したのを褒めたくらいで

心理学や哲学の評価と同様

頭で考えた作品だからと書いたのが

一つみつかったくらい。

— もちろんどこかにあるかもしれない話だが…

 

愚禿の灯 風静かなる 胸の底 @西田哲学と親鸞よりPTSD心理学

 

人間の自覚や意思には不思議なところがあるようです。

西田幾多郎も

全集一巻 『愚禿親鸞』明治44年4月

自らについて

真宗の家に生まれ

母親は真宗の信者なのに

自分は真宗についてそう知らないと書き始めつつ

もちろん膨大な資料を読み込んではいるでしょう。

真宗の意味についての深い理解を示しているようです。

親鸞が自らを称した

愚禿

真宗の教義も

(普遍的な意味としての)宗教そのものの本質も

象徴されているのではないかと

愚人・悪人を正因とする考え方や

— 空前絶後に蘇る  = 愚禿の二字を味わう @心霊上の事実

愛を主とした他力宗は他にもあるけれども 

キリスト教や

正義の感が強く悪を責める側面と

— キリスト教以前の問題は救わない @神曲問題

—— ギリシアの哲学者とか

放蕩息子を温かく迎えた父の物語のようなところ

— 真面目な息子は激おこ💢

日蓮には二面性があります。

他宗を罵倒 壮語

さけび雲走り、怒濤澎湃どとうほうはいの間に立ちて、動かざることいわおの如き

日蓮上人の意気は

壮なることは壮であるが… と西田

親鸞は法を見て人を見ませんでした。

流刑に処されても…

煙波渺茫びょうぼう、風しずかに波動かざる

親鸞上人の胸懐は

また何となく奥床おくゆかしいではないか…と西田

 

わりとへりくだることが多いようです。

 

現代にも流刑のようなことがあるので

理不尽な危機

こころのケア(PTSD予防)に生きる態度だと思います。

人間は猿とは次元の違う哲学に生きているということでしょう。

西田幾多郎が注目していたのも

頭で考える学問を否定

 

実験心理学ではなく

猿の得て公🐒心理学しかなかったので

ご苦労された様子

 

臨床心理学への越境の兆しはありました。

不具(精神病)についても純粋に見てほしかったが

— 本来具わっている @どんな状態でも神と一緒で他力が働く

フロイトひとりに多くを望むようなないものねだり

— ユングを読めばいい。

集合についてのビジョンはあった。

孤影さす 心の底に 春遠く @西田哲学『智恵子抄』の今

本日は

高村 智恵子さんの産まれた日です。

1886‐1938

統合失調症に苦しめられていたとされていますが

Wikipedia

45歳くらいの発症で

10~20歳代の青年期~成人期にかけて発病すると

昔の常識的な教科書には明記されていた。

その前に原因らしきものがありました。

金銭的に苦しい窮乏生活を送るなか

— 裕福な育ちでもあり病弱であったので苦労は大きい。

挫折

— 自信を持って出展した油絵の落選

創作活動をあきらめて家事に専念するようになったころに

— 高村光太郎を支えるために

父親が亡くなり

実家が破産・一家離散

孤独から

母親や姪が訪ねて来ているのに

寂しいと言うから

普通の孤独ではない。

— 東京には空がないというのと同じ意味

睡眠薬で自殺未遂を起こすまでになり

このタイプの作家らにも

原因らしい出来事がある。

— 精神病は先天的病で後天的な原因は無関係

東北地方の温泉で療養してもよくならず

思い出のマーニーも転地療法から

—ただし物理的な問題ではない。

自宅療養も危険な状況にまで進行していたので

精神病院に入院

当時としては

先進的な全個室、鍵なし、格子なし

高村光太郎の勧めで

精神病には

簡単な手作業がよいと聞いた。

紙絵を創作するようになりました。

あふれるように創作しているところからも

PTSDだと思われます。

当時は

神経衰弱などとも呼ばれていましたね。

神経症とは把握されていた。

— 森田神経症のように考え方で治るレヴェル

西田幾多郎の手紙のなかにも

哲学者の見たこころの病

似たような症例をみつけました。

原因としては

当時の常識をそのまま援用していますが

病気に苦しむことも増え

哲学者は身体も考えなければならないとも書くようになった頃

政治的な問題と関連のある現象とは

感じられていたように読めます。

西田哲学が

手紙の相手の

鈴木大拙は

— 二人は大親友

後年

心理学は哲学に

哲学は心理学に抜けなければならないと書いている。

臨床心理学にまで越境するには

少し時間がかかったようです。

そしてまた忘れ去られようとしています。

見牛や 心の景色 立ち上がる @西田幾多郎と南方熊楠

本日は

西田幾多郎のお誕生日です。

おうし座だなと思い

20日まで

確かにおうし座っぽい

昨日がお誕生日の

熊楠の『十二支考』を開いてみると…

牛だけがありません👀

十一支考

熊楠は

寅年🐯の1914年から

その年の干支について

雑誌に掲載を開始し

亥年🐗の1923年までは順調だったのですが

翌24年の子年🐭は

執筆したのに掲載せず

『十二支考』には収録

丑年🐂論考は出来上がらなかったのだそうです。

資料があまりに膨大なため

「全然出来おらず」と弟子への手紙で訴えていた。

亡くなったのは1941年

2019年になって

新聞紙の裏面に書かれた

大きいので一覧できるのが気にいったらしいが

新聞紙でも

入りきらず

収拾がつかず…

腹稿100枚が

「詩文の草稿を心中に組み立てること。また、その草稿」

熊楠の場合、論文執筆にあたって記した自筆のメモ書きがこう呼ばれている。

「中国の古い言葉で、現在はほとんど使われていないが、熊楠には使う」

和歌山市立博物館に所蔵されているのが見つかったのですが

悪筆で判別が難しく

内容は分かっていないものの

熊楠の論文は難解なので

研究に役立つと専門家を歓喜させたのは

西田哲学と同じです。

同じころ

— 2015年  熊楠は2019年

心理学ノートなども見つかり全集更新

哲学館がみつかったノートを復元

私は、こういうビジョンがあったことを知って嬉しくなった。

さて

なぜ牛だけ欠けたのでしょうか🤔

牛と人間のかかわりは密で古く

ラスコー洞窟の壁画は躍動的な野牛

— 2万年ほど前とされる。

ヒンズー教では神聖な生き物

『説文解字』によると

— 最古の部首別漢字字典

天地の事柄は牛を引く耕作に始まる。

— 「物」のヘンは牛

禅宗で真の自己を表すのも牛でしたね。

AI熊楠なら

『十二支考』をまとめ上げることができるでしょうか。

牛だけで全集が出来てしまい

バランスが悪いでしょうか。

一即多の不思議な構造です。

善の研究では

たとえばを打って火を発する以前に、火はどこにもないのである。或はこれを生ずる力があるというでもあろうが、前にいったように、力とかとかいうのは説明のために設けられた仮定であって、我々の直接に知る所では、ただ火と全く異なった或現象があるのみである。それで或現象に或現象が伴うというのが我々に直接に与えられたる根本的事実であって、因果律の要求はかえってこの事実に基づいて起ったものである。しかるにこの事実と因果律とが矛盾するように考うるのは、つまり因果律の誤解より起るのである。

石も重要そうですけどね。

— 原初以来の恒常性を保つものとしての石  金気

たとえ話に牛が採用されていますよ。

同一の意識といっても決して真に同一でない。たとえば同一のを見るにしても、農夫、動物学者、美術家に由りて各その心象が異なっておらねばならぬ。同一の景色でも自分の心持に由って鮮明に美しく見ゆることもあれば、陰鬱にして悲しく見ゆることもある。仏教などにて自分の心持次第にてこの世界が天堂ともなり地獄ともなるというが如く、つまり我々の世は我々の情意を本として組み立てられたものである。いかに純知識の対象なる客観的世界であるといっても、この関係を免れることはできぬ…

見るというときに牛なのでしょうか。

見牛は第三図

— 見性 ~ 立ち上がってくる   …生成AI

森深く ひとつの声を 神は聴く  @南方熊楠の萃点マンダラ宗教哲学

熊楠は

1867年5月18日生まれ

在野の

渡米し

さらにイギリスに渡って大英博物館で研究を進め

多くの論文を著し

— 論文としての体裁はなしていない。

国内外で大学者として名を知られたが

学会に加入せず

無位無官の

非組織人

日本の民俗学の

主著として『十二支考』もあるが

同じく在野の吉野裕子先生の論考とは

いささか次元が違う。

 

創始者のひとりですが

大変博識で

百科全書的な学問に裏づけられた民俗学

博物学民俗学人類学植物学生態学など様々な分野に及ぶ。

知の巨人と称されます。

柳田國男からは「日本人の可能性の極限」と称された。

大変な集中力・記憶力・語学力

収集家として知られますが

生物学者としては粘菌の研究で知られているが

キノコ藻類コケシダなどの研究もしており

さらに高等植物や昆虫、小動物の採集も行い

— そうした調査に基づいて生態学ecology)を早くから日本に導入

昭和天皇進講

粘菌標品110種類を進献

その姿は宗教家のようで

仏教書に精通

インドで仏教の僧に

アラブ諸国でイスラムの導師となり

世界を漂泊する夢をもちながら

— 雲水のように

命懸けで山野を跋渉

— 千日回峰行のように

宗教哲学にまで昇華されました。

実際に

てんかん発作があり

息子さんも高校受験中に突然精神病に…

子どもの頃からの

異常な癇癪持ちは

— 一度怒り出すと手がつけられないほど凶暴になる。

両親の頭痛の種で

その緩和のために

生物学などの学問に打ち込んでいたと本人も自覚

多汗症のため薄着あるいは裸で山中での採集を行うので

天狗と呼ばれていた。

— 遠野物語の天狗みたいに見た人は驚く😱

その治療のために

瞑想的な芸術療法が役にたつ。

箱庭療法のような収集記録に没頭していたとも解されています。

— 森永ミルクキャラメル

妖怪学に通じていると思えば

わたしたちの生きるこの世界の構成は

物理学などによって知ることのできる「物不思議

心理学などによって研究可能な領域である「心不思議

そして両者が交わるところである「事不思議

推論・予知、いわば第六感で知ることができるような領域である「理不思議

これらは人智を超えて

「大日如来の大不思議」によって包まれている。

それは「完全」であるとともに「無」である。

その中心「萃点(すいてん)」からものごとを考えることが

問題解決の最も近道

— 熊楠のマンダラ(森羅万象) 学

絶対矛盾的自己同一のビジュアル化じゃないかと思う。

井上 円了と9歳違いで

1858年3月18日生まれ

水木しげるが奇才ぶりを紹介しています。

見えるものがちがうので

言動が奇抜で

奇行が目立ったので

さまざまな逸話がある。

ヘビースモーカーで甘いもの好きの酒豪

— これだけの依存物質がなければバランスが保てなかった…

山川草木悉有仏性といわんばかりに

自然と一体化した現実感の熊楠は

普通の人の現実とは異質

臨終の際

医者を呼ぶかと問われると

「紫の花が消えるから」と拒否したそうです。

薬で幻覚が消えるのは残念なことなのです。

名もなき歌 闇のまま抱き 光生む @ Let It BeのPTSD癒しの宗教哲学

 

ポール・マッカートニーが

作詞作曲

困難な時に

ビートルズ解散直前の不安定な時期

癒された夢を歌ったものだそうですが

普遍性があるので大ヒットしました。

つまり哲学的だということ

夢のなかに

わらしべ長者も

いきづまりお寺に忍び込んで眠りこけました。

亡くなったお母さんが出てきて

「Let it be(あるがままに)」と語りかけられたということですが

このシンプルな語の解釈が☯ムズカシイですが

イメージそのものとして感得できます。

— 説明はできない = 不立文字 わかるのに☯わからない。


「Mother Mary」が現れて

「知恵の言葉をささやく」といえば

聖母マリアを連想しますよね。

双方はとても関連の深い存在で

ユング心理学では

自分の母親と縁が薄い人は

グレートマザー(太母)と結びつくしかないと言いますし

『崖の上のポニョ』の母親は

グラン・マンマーレです。

智恵の言葉「Let It Be」も

日本人ならば


「どうにもならないことを無理に変えようとせず

あるがまま受け入れよう。

そうすれば、いつか答えや光が見えてくる」

無我の意味として

自我の思い通りにはならないもの

ウィトゲンシュタインなら

無駄なこと考えるな💢かな🤔

仏教的に聴こえます。

確かに

諦めた時に

なすすべがなくどうしようもないから

— 行動が変化している。

なにもしないとき

— こころも変化している。

実は明らめている。= 諦念

上手くゆくということはわりとありますよね。

覚った人は

通過儀礼(イニシエーション・洗礼)だったと感じる。

歌詞の中盤では

さらに

観音さまのように

お寺にあるようなピカピカした姿では

子どもが怖がるから

お母さんの姿になって現れるそうです。

『大丈夫だよ』

『心配しなくていいよ』とうたいあげます。

「心が傷ついた人たちも、いつか答えにたどり着くだろう」

「夜が雲に覆われていても、自分に差す光がまだある」

— 「今が暗くても☯必ず希望は残っている」 日にち薬

 

ジョン・レノンが離婚したときにも

息子さんのことを思って

「Hey Jude」を書きましたが


両親の離婚に傷ついていたジュリアンを励まし

「落ち込まないで」

「君ならこの悲しみを乗り越えられる」というメッセージ

世界中の人々のこころに寄り添い続けています。

 

「状況そのものを魔法のように変える」のではなく

ハッピー💊ドラッグのように

叱咤激励するのでもなく

認知行動療法のように

「傷ついた心に寄り添って

少しだけ前を向かせようとする」

— 具体的には非指示

やさしいまなざしで見つめられるのは

お母さんとの関係が

前記事チャイコフスキーらと対照的

まるで信仰のようだったから

母メアリーへの想いを込めた「Yesterday」

普遍性があるのでしょう。

 

1968年リリースの

オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」(Ob-La-Di, Ob-La-Da)が

ナイジェリア人のコンガ奏者の口癖

— 完成バージョンのメンバーには含まれていない。

どのような状態でも

こんな風に

淡々と

歌っていればいいというような歌

『幸せなら手を叩こう』のようだと思えば

1964年

この曲も

作詞家が

生命倫理学者

学生時代フィリピンボランティア活動をしていた際に

耳にした原曲を

帰国の途に着いた際に

旧約聖書の 詩篇47篇 を参考にして

 詞をつけたものが元になっているそうです。

しかも

仲間内の愛唱歌として歌われていたのを

偶然、坂本九が耳にし

いずみたくの元にうろ覚えのまま持ち込み

それを元にいずみが採譜してレコード化

全国的にヒットしたものだそうです。

 

うたのつくられかたにも

目に見えない現象学がありそうです。

フッサールのように

頭で考えて動かすのではない。

— 文学では三文小説と呼ぶ。

粋の風 遊廓すぎて 今に息む @AI時代の九鬼周造

本日は

九鬼 周造の命日です。

 

大学院は中退して

お坊さんにしても

成功者には

こういう人が多い気がする。

ヨーロッパに8年留学

(若き)サルトルにフランス語を習い

☯ — サルトルの現象学に影響を与え

ハイデガーの現象学にも触れ

☯ — 高評価される。

いき」(粋)を

「いきとは、垢抜けして、張のある、色っぽさ」

現象学という西洋の哲学の手法で把握しようとしました。

日本の江戸時代遊廓における美意識を

考察の対象にしたということだけで

当時は驚きをもって迎えられた。

— 実存哲学の新展開

遊郭限定の話ではなく

一症例に普遍性が映し出されるというような

精神分析の話

日本人の精神構造の核となる原理です。

心理学ならこのあたり

本日はフロイトの誕生日でもあるらしい。

お父さんが官僚で

お母さんが元芸者

周造を妊娠中に

岡倉天心と恋におち

— 父親の部下

別居のち離縁

ご本人も

生みの父と

精神上の父

喪われた母

この3人のはざまで成長した

幼少期・青年期

— 訪ねてくる岡倉を父親と考えたこともあったと記している。

普通の人との結婚はすぐ破綻

芸者と結婚すると落ち着いたようです。

サルトルの現象学に影響を与えたと評されているが

独特の結婚観にも影響を与えた🤔

いわゆる現象学というものは

書物ではないところで

フッサールの現象学のように

頭であーだこーだと考えてじゃなくて

歴史的身体的に

深められてきたのかもしれません。

 

AI時代

イメージ表現は

今も陰陽五行説

いき風流が見直されているようですよ。

センス(感官)の問題だとも言っている。

猛獣の 影を鎮めて 緑雨ふる @宗教戦争のPTSD哲学

 

 

あなたもスタンプをGETしよう

本日はみどりの日ではありますが

天皇家関連ではある。

物騒な日です。

仏教の公伝から

538

約50年後

病身の蘇我馬子から

仏教擁護派

仏法を信奉する許可を求められた

天皇はこれを許可しましたが

この頃から疫病が流行しだし

守屋らが

仏教反対派

日本の神道におけるすべての神々をまつる立場

異国の神を信奉したためだとして

禁止を求めると

天皇は仏法を止めるよう命じたので

守屋は仏法に対し乱暴狼藉を働きます。

仏塔を破壊し

仏殿を焼き

仏像を海に投げ込ませ

馬子ら信者を面罵

女性と尼僧3人捕らえ

衣を剥ぎとって全裸にして

群衆の目前で鞭打ち…

— チベットみたい(>_<)

前記事の如く

法の前の猛獣のような守屋です。

大審問官と真逆の

天皇の私心のなさも善し☯悪し…

— アジャセコンプレックスの揺らぎと似ている不思議

人類の思考は

その独特の弁証法思考のなかで

判断のありかた

常に猛獣を必要とするのでしょうか。

見かけ上の

かたちは相当違いますが…

 

疫病が更に激しくなり

天皇も病に伏すと

馬子に

自らも病身のまま

再び仏法の許可を求められ

今度は

馬子に限り許し

馬子は三尼を崇拝し寺を営んだ。

飛鳥寺は日本初の本格寺院

— 当時の人は圧倒されたらしい。

鎮魂という名の

PTSD予防だったのですね。

ほどなくして

天皇は崩御しました。

葬儀中に

双方はいがみ合い

馬子の天皇への言葉に

守屋は「死にそうな雀のようだ」とあざ笑い

身を震わせて天皇にご挨拶する守屋に

馬子は「鈴をつければよく鳴るであろう」と笑う。

— 「由是、二臣微生怨恨」 『日本書紀』

馬子派の天皇が即位

守屋は敏達天皇の異母弟穴穂部皇子と結び

穴穂部皇子は後の推古天皇を犯そうとし

阻んだ人物を守屋に殺させる猛獣ぶり

病気になった天皇は

三宝(仏法)を信奉したいと言うようになり

無心のままきて

最期にセルフの声?

会議を開かせますが

罵倒しあうだけ

天皇不在のなか

不調のまま

天皇は亡くなり

武力により決着がつきました。

丁未の乱物部氏は衰退ながら

年は陰陽五行説で表記

— 精神の方は永遠に決着がつかない。

嵐の前の静けさ考える

丁未(ひのとひつじ)

「穏やかな温かさ」☯火の前

~ 丙丁童子が火を求めてやってくる

 

確かに

一太極二陰陽

絶対矛盾的自己同一

世界は人格的ですね。

 

傷の音 聴きとる手より 道ひらく@ウィトゲンシュタインのPTSD現象学

ウィトゲンシュタインは

ケンブリッジ大学教授となり

言語哲学分析哲学科学哲学に強い影響を与えた人物ですが

4歳になるまで言葉を話すことができず

今の日本なら発達障害の診断ですが

言葉が遅かったからこその自己実現?

その後も

重度の吃音症を抱えていたので

あいだ(人間関係)の病

両親の考えで

小学校に通いませんでしたが

兄弟も多く

8人兄弟の末っ子(兄が4人、姉が3人)

刺激に満ちた家庭環境で育ち

明るい意味では

ロダンやハイネなど

多くのハイカルチャーの名士たちを招き

庇護を受けたクリムトは

姉マルガレーテの肖像画を描いた。

暗い意味では

うつ病自殺の傾向がある家系

4人の兄のうちパウルを除く3人が自殺しており

本人もつねに自殺への衝動と戦っていた。

音楽に傾倒したこともあって

最もラディカルな特徴は「メタ哲学」です。

哲学的著作には

しばしば音楽の例や隠喩が用いられる。

木村敏系

のちに学校に通うようになり

同じ学校の生徒にはアドルフ・ヒトラーがいた

信仰を喪失

ユングなども

宗教的な問いから研究へ

姉から

哲学書を読むように勧められ

学びたいと思った人物のいる大学に進学しようとすると

その人は自殺してしまい

いわゆる哲学の道に入ることを

セルフ(自己)が回避?

航空工学への興味から

宮崎駿系

機械工学や数学への関心を経て

哲学に進むようになるも

この頃には

— 遣唐使時代の空海と似たエピソード

哲学について専門の教育をまったく受けていなかったのに

ラッセルは

少し話しただけで

即座にウィトゲンシュタインの類い稀な才能を見抜いた。

但し

見知らぬドイツ人が現れた。頑固でひねくれているが、馬鹿ではないと思う。

学界では学問にならないと感じ

学者たちに囲まれたなかでは

最も根源的な問題に到達できない。

ノルウェーの山小屋に隠遁

研究に没頭する日を送ったけれども

学位論文が書けず

先行研究の引用がないなど

論文の規定を満たさない。

学位も友人も失い

才能を見込んで間にはいってくれた友人に

「どうしてそんなくだらない規定があるのか」
「地獄へ落ちたほうがマシだ」
「さもなければあなたが地獄へ落ちろ」と罵倒

取り戻すのは15年後

兄が重傷を負ってピアニスト生命を絶たれたと聞いては

共感能力があるのかないのか微妙な人物

「こんなときに哲学がなんの役に立つのか」との疑問に陥り

しばしば自殺を考え

トルストイによる福音書の解説書や

ニーチェの『アンチ・キリスト』などに救われたりしながら

信仰の念を強める。

小学校の教師や

庭師をしたり

絶望の淵にあって

修道僧になって世捨て人として生きようとしたが

動機としては不純であると諭された。

家を建てたりして

建築業者泣かせの無理な注文

ユングも晩年に塔を建てながら瞑想した。

精神を回復させる人生だったようです。

当事者研究@臨床心理学

学界となじまず

「いま何時ですか?」と聞かれれば答えやすいが

「時間とは何ですか?」との問いは

— 事実上の答えがない。

問題たりえておらず

哲学者がかかずらうべきほどの問題ではないから

そういう議論は意味がないと拒絶

生前に出版された著書も少ないのですが

学問的体裁が整いにくい…

生き方に浮かび上がる哲学が支持されているのではないでしょうか。

例えば

小学校の教師時代は

教師というより

本人が

不適応を起こしたまま

— 暴力教師

子どもたちのこころの傷から

深く学んでいます。

紙の上の知識よりも

子供たちが自分で好奇心をもって見聞を広めることを重視

理科の授業では

猫の骸骨を生徒と集めて骨格標本を作ったり👀

夜に集まって天体観測をしたり

顕微鏡で道端の植物を観察させたり

銅鉱山や印刷所、あるいは古い建築様式をもつ建築物のある

ウィーンなどへの社会科見学もたびたび行なった。

無骨なまでに

きわめて厳格で

覚えの悪い生徒への体罰をしばしば行なう

トラブルメーカーで

狂人扱いののち辞職に追い込まれる。

現象学的に生きたようです。

ある女の子に対し

いつものように体罰を加え

字を誤った理由を問いただしたが

黙ったままなので

「病気か」と尋ねると

女の子は「はい」と言った。

ようやく現象のなんたるかに気づき

女の子に涙を流して許しを請うた

— アジャセ王みたい…

自己治癒の生涯から得た

哲学者は

哲学的命題を扱う職人であるよりは

むしろ苦悩や混乱を解決するセラピストのようであるべきなのだ」との

メタ哲学は

現代臨床心理学が取り入れるべき

現象学ではないでしょうか。

田辺元のみた

フッサールの現象学じゃなくて