いのちについて
いは威力
― 厳(いか)つ霊(ち)のようなイメージ
のは連帯助詞
ちは霊格(いかづちのち)
考える🤔日ということですが
ちょうど『リエゾン』の最終話は
グリーフケアの実際についての紹介でした。
遺族のこころのケア(PTSD予防)
PTSD児の女の子の
ADHD等と疑われている。
症状と考えられていたことは
こだわりがつよくて
意思の疎通がうまくいかないから
結果的に対人関係がうまくいかず
パニック(かんしゃく)を起こすことがある。
幼くて
死を理解できないことは当たり前のことで
発達が遅れているからではありません。
母親の死を受けとめられないことにあり
アドラーは
弟の死など哲学的問題を
自力で解決しなければなかったので
精神科医になる選択肢くらいしかありませんでした。
(職業選択の自由がないともいえるし☯召命ともいえる)
その部分に焦点を当ててケアすれば
魂が成長し
本来のいのちを生きることができるようになることを
教える内容でした。
主治医は
PTSD性発達障害になったことについて
教育分析ができていないので
―自分の課題が解決していない。
患者さんはその枠組みにはめ殺される。
「遠くにいる」「お星さまになった」という説明は
よくないと諭しましたが
女の子は
グリーフケアで
男の子の
「ママは死んでお化けになりました」という発言から
遊園地のお化け屋敷に行けば会えると考え
こどもたちの理解の程度を示す
考え方や表現を矯正しないことが重要
戸惑いながらもそのわからなさにつきそってくれた
パパと弟に護られながら
死を理解しました。
3人で泣きながら理解したあと
―とてもつらい作業
女の子は
教えられたわけでもないのに
自然に位牌に手を合わせました。
ママが「遠くにいる」「お星さまになった」という表現も
自然に理解するようになっていることでしょう。
主治医がヘンでも
リエゾンでなんとかなることもあるし
本人や環境が癒す力が大きいということ
蛇足のようですが…
蛇は命の重要シンボルの1つ
日本の遊園地に
お化け屋敷とジェットコースターがあるのは
現実の死の恐怖とイメージとしての恐怖で
次元が違うが
架空@一太極二陰陽 でつながる1つの恐怖
面白いなと思いました。